超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2015-01-01から1年間の記事一覧

ゴンドラと私

観覧車からゴンドラをもぎ取る母。果物籠いっぱいのゴンドラ。ゴンドラを軽く洗ってガラスの皿に盛り付ける母。中でまだ何かが暴れているゴンドラ。 私の部屋のドアをノックする母。食べなさい栄養あるんだからと机に皿を置く母。いらないとは言えない私。ス…

おかたづけ

首の長いきりんのぬいぐるみを、娘は持っていました。 きりんの長い首には、何か芯のような物が入っていて、私たちが何もしなければ、首は自然にぴんと立つようになっていました。 ある日家に帰ると、娘が私の書斎の前のドアに立っていました。それは娘が妻…

掌編集・十一

(一) 朝から雨が降っていた。 雨粒に混じって、人間の歯も降ってきた。 靴底の溝にはまって取れない。 (二) 真夜中。 解体途中の映画館。 重機の屋根にカウボーイが背を曲げて座っている。 (三) 町じゅうの人間が夢を見た。 月に吠える夢。 翌朝、道行…

皮と肉

いつものように動物園の門を閉めた瞬間、スピーカーが私の名前を呼んだ。象の檻に来いという。行ってみると、象の檻の真ん中で、象がぶっ倒れていた。胸に耳を当ててみる。いつものぶつぶつ声が聞こえない。私は軍手をはめて、象の腹のボタンを外し、象のか…

遊園地と酒(改訂)

電話で自宅に遊園地を呼んだ。こういうものを利用するのは初めてだった。そわそわしながら待っていると呼び鈴が鳴った。 注文したとおりの遊園地だった。若くはないが魅力的な目をしていた。厚手のセーターの下で、ゴツゴツとした鉄の塊が静かに息をしている…

ボディ

昨日風呂場のタイルにくっついていた妻の右目が、今朝は寝室の天井に移動していた。携帯の充電器の傍にあった小ぶりな耳に、おはようと声をかけると、昨日は玄関の靴箱の隅で苦しそうにしていた妻の唇が、今朝は寝室の窓ガラスにいて、おはようと明るく応え…

虹と獣

明け方にようやく雨は上がり、街の空に虹がかかった。あまりに見事な虹だったので、ベランダに出てぼーっとそれを眺めていると、辺りが急に獣臭くなった。尋常ではない臭いだったので、部屋の中に戻り、慌ててガラス戸を閉めた。顔を上げると、獣臭さの原因…

花と花

看護婦が、眠り続ける患者のパジャマを脱がせる。患者の体には無数の花が咲いている。昨日の朝に摘み取ったばかりなのに、瑞々しい赤い花が、患者の体中に根を張って、甘い香りを放っている。 この看護婦の仕事は、患者の体を拭くことだから、この花を綺麗に…

砂と妬み

バイト帰りに近所の公園を通りかかると、隣の家に住んでいる幼稚園児の男の子が、ズボンのポケットから何かを取り出しては砂場にせっせと埋めていた。いつもならそのまま通りすぎるところだが、男の子がちっとも楽しそうな様子もなく、鬼気迫る表情で作業に…

水と空

朝起きてトイレに行くと、便器の中に青空が広がっていた。 寝起きの頭ではうまく状況が飲み込めそうになかったので、ひとまずいつも通りにおしっこをして水を流した。 廊下に出ると階段の下が騒がしい。おじいちゃんが何かぎゃあぎゃあ言っているようだ。 自…

鏡と湯気

新しい鏡を買った。何の変哲もない姿見だ。さっそく部屋に飾ってみる。悪くない。しかし何だか曇っているように見える。鏡を磨いても変わらない。 よくよく目をこらすと、鏡の中の私の背後から、湯気のようなものが立ちのぼっていることに気がついた。あれの…

いごと先生

小学校の低学年のとき、何の授業の時間だったかは忘れてしまったが、担任の先生が早めに授業を切り上げ「今から回す紙に好きな言葉を書いてください」と言って、白い紙を配り始めた。当時からぼーっとしていた私は、先生の言葉の意味がよく理解できておらず…

思い出した

四歳か五歳くらいのとき、ある日とつぜん、頭の中に、家族の寿命が見えたことがある。 忘れちゃいけないと思い、画用紙に家族の名前と享年をメモして、自分のおもちゃ箱の中にしまっておいた。 しかしちょっと目を離した隙に、当時やっとハイハイが出来るよ…

傘と男

雨が降っている。私は傘をさして道を歩いている。十字路を右に曲がり、私は人気のない細い路地に入っていく。 私の前を人が歩いているのが見える。大きな黒い傘をさしている。大柄な男だ。私はぼんやりとその後姿を見ながら、とぼとぼと家路を急ぐ。 雨は止…

叔母さんと大きな手

久しぶりに叔母さんが家に来た。家族はあまりいい顔をしていなかった。この人のこと、私もよく知らない。 「あなたに似合うと思って」 二人きりになったとき、叔母さんはそう言って、キャリーバッグから古いレコードプレーヤーを取り出した。 「何ですか?」 …

訪問者

アパートのベランダから見える廃工場の敷地に、何だかわからない黒い鉄の箱があり、その存在に気づいたその日の晩、知らない家の呼び鈴を鳴らしている夢を見た。 仕事を求めてこの街にやってきたが、仕事より先に見つけなければならないものがあるような気が…

スケッチブックと灰

実家の押入れを整理していたら、古いスケッチブックが出てきた。表紙には私の名前が書かれているが、全然覚えがない。 何を描いたのだろう。 ページを開くと、草原にぽつんと建つ赤い屋根の小さな家の絵が現れた。「田」のかたちをした大きな窓と、花壇らし…

ペンキの缶と肉の壁

肉の壁が崩れた、と役所に電話が入った。私は上司といっしょにペンキを抱え、車で肉の壁に向かった。役所の駐車場の桜の樹は散りはじめていた。 道が空いていたので、十五分ほどで肉の壁に着いた。さっそく調べてみると、なるほど季節柄肉の壁はところどころ…

海と夕日

夕暮れの海を見ていたら、夕陽の中に、水面に突っ伏して泣いている少女を見つけた。何とかしてやらなきゃと思い、声をかけようとしたのだが、しかしあんなに遠くにいるんじゃ、いくら大声で叫んでも無駄だろうと思った。こちらに気づいてほしくて、足元の貝…

肉と鍵

窓を開けてうとうとしていたら、黒くて小さな何かが飛んで来て腕にとまった。どうせ蚊だろうと思いそっと目を開けると、見たこともない妙な虫が、私の腕の上をうろうろ歩き回っていた。すぐに叩き潰してもよかったのだが、わざわざ体を動かすのも面倒だった…

亀のかたちをした灰の塊を、痩せた痩せた子どもたちが、取り囲んでいた。 私が助ける間もなく、亀のかたちをした灰の塊は、痩せた子どもの、痩せた指につつかれて、崩れ落ちてしまった。 私は重たい影を引きずりながら、歩きつづけ、やがて岬にこしかけ、何…

波打つ

晩飯のあとにラジオを聴きながらコーヒーを飲んでいたら、とつぜん目の奥がじりじりと痛くなってきた。 しばらく目を閉じてじっとしていたが、痛みは一向に引かない。仕方がないので、効くかどうかは知らないが、ひとまず頭痛用の薬を飲んでおくことにした。…

舌と蜂蜜

妹の唇をこじ開ける。 中を覗く。 舌のない妹の口の中を、妹の舌の幽霊がうろうろしているのが見える。 私は蜂蜜の瓶の蓋を開ける。 スプーンを取り出す。 蜂蜜をすくう。一さじ。一さじで充分だからだ。 私は舌のない妹の口の中に、蜂蜜を流し込む。 妹の舌…