超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

いごと先生

 小学校の低学年のとき、何の授業の時間だったかは忘れてしまったが、担任の先生が早めに授業を切り上げ「今から回す紙に好きな言葉を書いてください」と言って、白い紙を配り始めた。当時からぼーっとしていた私は、先生の言葉の意味がよく理解できておらず、その頃おじいちゃんに囲碁を教わって興味を持っていたので、「いご」と大きく書いたのを覚えている。五分くらい経った頃、先生は書けた子から手を挙げさせ、「ありがとう」と言いながら一枚一枚紙を回収して、チャイムとともに教室から出て行った。
 その日の放課後、掃除係だった私はゴミ袋を持って校舎の裏手にある焼却炉に向かった。すると焼却炉の前に、先生が立っているのに気が付いた。服装と髪型は先生なのに、何だか違う人のような顔をしていた。先生の手には、昼間私たちに好きな言葉を書かせたあの紙の束が握られていた。私が声をかけようとすると、先生は焼却炉の中に紙の束を投げ込んで、首筋を手で二三度揉んだあと、その灰も見ずに立ち去ってしまった。私は何も言えなかった。ただただ混乱していた。友達が呼んでいる声も無視して、一人で走って帰宅した。家に帰ってリビングのソファに寝ころびながら、「先生があんなことをしたのは、私が"いご"なんて書いたからだ」と、よくわからない罪悪感に苛まれしばらく落ち込んでいた。次の日、先生はいつも通りの顔で現れ、いつも通りに授業を始めた。私は二度と囲碁で遊ばなかった。
 話はそれで終わりだ。先生は今も母校で働いている。