超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

皮と肉

 いつものように動物園の門を閉めた瞬間、スピーカーが私の名前を呼んだ。象の檻に来いという。行ってみると、象の檻の真ん中で、象がぶっ倒れていた。胸に耳を当ててみる。いつものぶつぶつ声が聞こえない。私は軍手をはめて、象の腹のボタンを外し、象のかたちの皮を広げた。蒸れた空気とともにすえたにおいが立ちのぼり、夕暮れの風に吹かれて散っていった。

 絨毯のようになった象のかたちの皮に目をやると、案の定、象のふりをしていた生き物が死んでいた。

 

 

 こいつが象のふりをするようになってから、随分長い時間が経っていたが、動物園に来た客は、最後までこれを象だと信じて疑わなかったようだから、なかなか優秀だったと思う。象のふりをしていた生き物は、象のかたちの皮の内側で、小さな体を精一杯に伸ばして死んでいた。口の端に食えもしない、干し草の欠片をくっつけたままで。

 私は苦笑いしながら生き物の亡骸をとりあえず端に寄せ、先に象のかたちの皮を洗うことにした。

 

 

 タワシと塩を使って皮をこすっていると、背中の内側にあたる部分に、象のふりをしていた生き物が残したらしい落書きを見つけた。こいつらの言葉はわからないから、それが文字なのか絵なのかも判別できないし、内容なんて当然知るよしもないが、見ていると何となく悲しい気持ちになるような落書きだった。

 私はタワシに力を込め、その落書きを綺麗に消すことにした。次に象のふりをするやつに悪影響があったらいけないと思ったからだ。

 

 

 しばらく作業に没頭していたが、ふと気づくと辺りはすっかり暗くなっていた。疲れた腰を気遣いながら立ち上がると、象のふりをしていた生き物の亡骸の方から妙な音が聞こえた。しまった。油断していた。慌てて振り返ると、やつの亡骸の肉がところどころ食いちぎられている。

 頭上を羽音が通りすぎた。音の方を見上げると、照明灯のてっぺんで、カラスのふりをしているやつらが、くちばしの周りを血まみれにしてニヤニヤ笑っていた。腹が立つ。どうせ肉なんて食えないくせに。