数年前、自身の母親の遺影を持って美容整形外科を訪れた女性が、今度は娘の遺影を持って再び訪れた。
親戚たちの羽音も遠ざかり、墓地には羽のない私だけが残された。
悲しみの標準値を決める役人が、自身の母親の葬儀会場で、参列者に何かを訊いて回っている。
夜空を見上げると、昨夜まで月があった場所に、札束が浮いている。
夏、家の前の道の上でびちびち跳ねている金魚を見ながら、雨降れ、と心の中で祈っている。
人類が滅亡した後の荒野で、信号機たちが、自分たちの本当の色を灯し始める。
ベビーカーに一個のツナ缶を載せた女と、一匹のマグロが、水族館の水槽越しに見つめ合っている。
深夜のファミレスのドリンクバーの前に幼い少年がいて、コーラを選んだ人の後をとことこついていく。
夜中、母の位牌を撫でていたら、アパートの隣人に壁を叩かれた。
理科の解剖の授業用に代々飼育されている蛙の中から、予め体に切り取り線が入っている個体が生まれる。
あの子が死んで何年も経つので、あの子の墓前に供えるお薬も、そろそろ糖衣錠じゃなくてもいいだろう。
今朝はお母さんの体調が悪かったので、学校の昼休みに開けた弁当箱には、詩集が入っているだけだった。
動物園の飼育員だった父の位牌を、猿たちに玩具として与えたが、猿たちは手を合わせるばかりで全然遊ばない。
お父さんの浮気相手を描く時は色々な色のクレヨンを使うから楽しい、と少女は思っている。
今夜の小さなコンサートが終わったら、そのピアニストは、自分の指を指屋に売り、得た金で花嫁を迎えねばならない。
いつも晩酌に付き合ってくれる妹の人魂が、今夜は私の見知らぬ人魂を連れてきた。
拾い物のそのテレビは、海の映像を映したがらない。
今日もその少年の幽霊は駄菓子屋の店先で、子どもたちが食べるアイスの棒を覗き込み、当たりが出たかどうか確かめている。
結局使わなかった遺書で紙飛行機を折って飛ばしたら、急旋回して俺の胸にぶつかって落ちた。
あの猿のことはもう忘れて、と俺を抱きしめた妻から、ふわっ、とバナナの香りがする。
誕生日プレゼントとして父から貰った新品の蝿捕り紙を手に、少年がゴミ捨て場へ駆けていく。
彼女は蝿の群れを従えてやってきて、殺虫剤売り場で待ってるわ、と僕に耳打ちをして去っていった。
お母さんのことを思い出して泣いてしまったので、お母さんの墓前に、罰金の百円を置きに行く。
妻が作ったコンピューターウィルスは、感染したスマホ内の赤ん坊の写真を消去してしまう。
病院のパンの自販機の前で、自分への誕生日プレゼントを選んでいる。
菓子職人だった男が一人公園で、亡き娘をモデルにした砂糖菓子を、蟻の巣穴の傍に置いた。
明け方の公園でホームレスが、仲間の死体の硬直した手の指をむりやりチョキの形にし、自らはパーを出して、「俺の負けだぁ」と笑っている。
車検を受けたら、カーナビを心療内科に診てもらった方がいい、と言われた。
疲れて帰宅すると、郵便受けに、元妻に引き取られた息子が描いたらしい俺の似顔絵がぐしゃぐしゃに突っ込まれている。
地球があった空間に今は、幼稚園のみんなで描いた地球の絵が浮かんでいる。