夕暮れ時、窓の外の蜘蛛の巣を何気なく見上げると、糸に細かい水滴が数滴くっついているのに気がついた。朝露がおりる時間でも、雨が降ったわけでもない。妙だなと思いよくよく見てみると、巣の奥で主である大きな蜘蛛が、小脇にちぎれた蝶の羽根を抱えながら、前脚でしきりに目元を拭っていた。あの細かい水滴は、どうやら蜘蛛が流した涙らしいとわかった。それを見てぼくは、きっと蝶を食って腹一杯になり、思わずあくびをしたのだろうと思ったが、後から話を聞いた妻は、きっとやむにやまれずその蝶を食わなければならない事情があって、そのために流した涙だろうと反論した。妻の言うこともありえそうだが、ぼくだって譲れない。蜘蛛に訊けば早いのだが、あいにく蜘蛛の言葉はわからないので、かわりに飼い犬に尋ねてみた。「お前、どう思う」「わふ」どうでもいいよ、と言わんばかりだった。夜、カーテンを開けて蜘蛛の巣を覗くと、さっきの水滴は夜露に紛れてどれがどれだかわからなくなっていた。「わふ」だから言ったじゃない、と言わんばかりに飼い犬が唸った。