「作業場」の上に広がる夜空に、金具を動かす乾いた音が響いている。
鉄くさい僕の指には、流れ星を動かす金具が握られている。
誰かが金具で動かしている夜霧が、ひんやりと肌に心地良い。
僕は夜空を見上げ、金具から手を離す。金具は元の位置に戻り始め、夜空のふちには流れ星が現れる。
尾を引いて消えていく流れ星を目で追っているうちに、僕のまぶたは重くなり、眠気が全身に忍び寄ってくる。
「作業場」のどこかから、ゆっくりと金具を動かす音が聞こえてくる。
金具を動かす乾いた音がやむ。僕のまぶたはゆっくりと開く。
「作業場」の上に夜空が広がっている。
そして僕はかすかに痺れる指で、目の前の金具を握る。
*
ある日僕は「作業場」から逃げ出した。
誰にも気づかれなかった。
みんな自分の金具を動かすことに夢中なのだ。
僕は走った。
誰かが金具で動かしている夜が終わり、誰かが金具で動かしている朝がやってきた。
誰かが金具で動かしている海を横目に、誰かが金具で動かしている風を身にまといながら、僕は、僕だけの力で、誰かが金具で動かしている太陽に祝福されながら、僕だけの汗を流して、僕は走った。走りながら、僕だけの力で僕は笑っていた。笑って、走って、走って、笑って、走り続けた。
やがて誰かが金具で動かしている月が夜空にのぼる頃、僕はどこかの道の上に倒れた。誰かが金具で動かしている小川が、目の先で光の粒をまき散らしていた。誰かが金具で動かしている大きな野良犬が、月桂樹の茂みの陰で寝息を立てていた。
大の字に寝転び、誰かが金具で動かしている夜空の星々をぼんやりと眺めているうちに、僕のまぶたは重くなり、眠気が全身に忍び寄ってきた。
静かだ。
僕の金具を動かしていた人の顔を思い出そうとしたが、うまくいかなかった。
さようなら。僕だけの力で、僕はつぶやいた。
夜空のふちに流れ星が現れ、尾を引いて消えて、僕は二度と目を開かなかった。