超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

コピー

早朝のコンビニで、喪服を着た人が、自身の泣き顔をコピー機に押し付けて、何枚もコピーしている。

雨が降る公園の隅で、「虹が出たら起こしてください」と書かれた手作りの看板を置き、ホームレスが眠っている。

母の心電図が止まった瞬間、母の枕もとに置かれていた花瓶の中のつぼみが、開花した。

指一本を詩一篇と交換してくれるおじさんが刑務所から出てくる日まで、毎日爪を綺麗に磨いている。

紙飛行機

死ぬ人がいない町の役所の床に、死亡届で折られた紙飛行機が無数に落ちている。

その焼き芋屋は、刑務所の前を通る時、わざと声を張り上げる。

缶詰

夕方の墓地に、坊さんが人魂の缶詰を開けている音が静かに響いている。

いまさら

火葬場の煙突から出る煙がハート形になっていて、いまさらかよ、と思う。

遠回り

助手席の未亡人に海を見せるため、霊柩車は遠回りをした。

ひび

毎日、理科の先生に、プロポーズの練習の相手をさせられていた人体模型の心臓が、先生の結婚式の日、ぱきっとひび割れた。

私と彼の二人しかいない星の海に、まだ見ぬ人へ宛てたラブレターを詰めた瓶を流す。

はんこ

百円均一ショップで、夫の浮気相手の名字のはんこを買い、自分の手の甲に捺してみる。

話題

母の骨壷が発するカタカタという音が聞こえないよう、私と伯母はひたすら話題を探して喋り続けていた。

金魚

金魚すくいの屋台のおじさんは、僕に金魚を手渡しながら、金魚語の「ごめんね」を教えてくれた。

狩人

夕日狩りに出かける狩人の影が夕日に照らされて黒々と光っている。

線香

夜空を飛んでいる飛行機の機内に、一瞬だけ線香の香りが漂った後、しばらくして、「気にしないでください」とのアナウンスが流れた。

ゲスト

霊柩車のカーラジオでしか受信できないラジオ番組の今週のゲストは久しぶりに、生きている人間だった。

今年も町に夏が来て、「入道雲は皆の物です」と書かれたチラシが配られ始めた。

不可

白い羽に赤い「不可」のスタンプを捺された蝶が、殺虫剤の缶をペロペロ舐めている。

養豚場内にある心療内科の診察室の壁に、カツ丼の写真が貼られている。

脱獄

六月のある日、女性刑務所から、死刑囚の左手の薬指だけが、脱獄した。

何も映らない鏡にセロハンテープで自分の写真を貼って、力なく笑っている。

案山子

妊婦を模した案山子の足元で、一羽の鳥が卵を温めている。

夜、恋人の耳から漏れてくる光で目が覚めたので、眠い目をこすりながら愛を囁くと、光はふっと消えた。

なけなしの小遣いで雨雲の素を買った少年が、団地中のベランダに干されている洗濯物をじっと睨んでいる。

造花

全ての生命が滅びた星で、造花がゆっくりと匂い始める。

食べられます

「食べられます」と書かれた喪中葉書が届いたので、おやつがわりに食べている時、そういえば誰が死んだのだろう、と思い出せない。

靴を産み続ける女が収容されている刑務所の周りに、裸足の人々が集まってくる。

長い間音信不通だった双子の兄の葬式に出席したら、祭壇に遺影ではなく、鏡が置かれていた。

飼育係

僕はクラスの飼育係だから、この人魚に恋してはいけない。