死んだ息子が蝿に生まれ変わっていると信じている女が、今夜も私の店に残飯を貰いに来た。
その作曲家が、革命家の兄のために作った葬送曲は、手錠をはめられた状態で弾くことができる。
夜中、ゴミ捨て場に哺乳瓶を置いて去った女が、数分後、戻ってきて、鼻をすすりながら、その哺乳瓶を拾い上げる。
その死亡届には詩を書く欄があったが、私は妻の死について、詩など書くことができない。
父が亡くなってから、母は泣きぼくろを化粧で隠さなくなった。
辛い思い出をクラゲに変えていく治療の一回目を受けた帰り道、一人でぼんやり海を見ている。
誰もいない駅の電光掲示板に、ふいに、「さびしい」という文字が現れ、ゆっくり流れていく。
祝儀代わりに俺が夜空に飛ばした流れ星を、結婚するあの子は見ていなかった。
耳工場の検査室でピアノを弾くバイトをクビになった。
整形手術の日の朝、鏡の中から仲直りを申し込まれる。
月光がゆっくりカーテンを切り裂いていく。
都会で一人暮らしをする俺の部屋に、実家から届いた段ボール箱には、嘘をつくための舌が入っていた。
胎児の形をしたマグネットが道に落ちていたので、自分の腹にあてがってみるが、当然くっつかず、また道に落ちてしまう。
早朝のコンビニで、喪服を着た人が、自身の泣き顔をコピー機に押し付けて、何枚もコピーしている。
雨が降る公園の隅で、「虹が出たら起こしてください」と書かれた手作りの看板を置き、ホームレスが眠っている。
母の心電図が止まった瞬間、母の枕もとに置かれていた花瓶の中のつぼみが、開花した。
指一本を詩一篇と交換してくれるおじさんが刑務所から出てくる日まで、毎日爪を綺麗に磨いている。
死ぬ人がいない町の役所の床に、死亡届で折られた紙飛行機が無数に落ちている。
その焼き芋屋は、刑務所の前を通る時、わざと声を張り上げる。
夕方の墓地に、坊さんが人魂の缶詰を開けている音が静かに響いている。
火葬場の煙突から出る煙がハート形になっていて、いまさらかよ、と思う。
助手席の未亡人に海を見せるため、霊柩車は遠回りをした。
毎日、理科の先生に、プロポーズの練習の相手をさせられていた人体模型の心臓が、先生の結婚式の日、ぱきっとひび割れた。
私と彼の二人しかいない星の海に、まだ見ぬ人へ宛てたラブレターを詰めた瓶を流す。
百円均一ショップで、夫の浮気相手の名字のはんこを買い、自分の手の甲に捺してみる。
母の骨壷が発するカタカタという音が聞こえないよう、私と伯母はひたすら話題を探して喋り続けていた。
金魚すくいの屋台のおじさんは、僕に金魚を手渡しながら、金魚語の「ごめんね」を教えてくれた。
夕日狩りに出かける狩人の影が夕日に照らされて黒々と光っている。
夜空を飛んでいる飛行機の機内に、一瞬だけ線香の香りが漂った後、しばらくして、「気にしないでください」とのアナウンスが流れた。
霊柩車のカーラジオでしか受信できないラジオ番組の今週のゲストは久しぶりに、生きている人間だった。