超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2023-09-01から1ヶ月間の記事一覧

銭湯の風呂場に入ってきた月が、兎の模様をタオルで隠していた。

街灯に照らされた自分の影が薔薇の形になっているのを見て、次は私が死ぬのか、と知る。

薬指

ある日ふと、彼氏の左手の薬指に、「食用」と書かれていることに気づく。

掛け軸

去年まで確かこの家のこの掛け軸には鶏が描かれていたはずだが、今年訪問したらオムレツが描かれていた。

本のページをめくっているうちに、本に少しずつ指を食べられていることに気づく。

その星から帰還した宇宙飛行士たちは、宇宙服を脱ぐ時間も惜しんで、真っ先に動物園のカバたちに助けを求めに行った。

ラジオネーム

その豚は豚のラジオに「牛肉」というラジオネームで毎週はがきを送っていたが、一度も読まれないまま食肉加工場に送られた。

金魚すくい

金魚すくいの屋台で一人金魚をすくっている中年の女に、屋台の親爺が「また誰か誘拐したのかい」と声をかけている。

ゆで卵の殻を剥いている時、ふと、自分の指の数が十本より多くなっていることに気づく。

交通安全教室

学校で交通安全教室があり、たくさんのおまわりさんが来たが、最初から最後まで、ずっと轢死体の役をしていたあのおまわりさんは、どうやらぼくにしか見えていなかったようだ。

深海探査艇

海の底で赤ん坊をあやしていた女が、我々の深海探査艇を見て、赤ん坊の目を手で覆った。

傘が降ってきたので、もうすぐ雨になるだろう。

これで

隣の家の女の子が、裸の女の人を連れてきて、「これでおままごとをしよう」と言う。

いつも彼氏の頭の上に載っている卵が、今日見たらひよこになっていたので、何となく別れた。

「この金魚、脚が生えてるよ」と金魚すくい屋台の親爺に言うと、親爺は面倒くさそうに鋏を取り出して「切った脚いるか?」と僕に訊いてきたので、丁度お腹が空いていた僕は頷いた。

胃痛

連日続く胃痛に耐えかね、胃薬を飲んだ数分後、胃の中から一発の銃声が聞こえる。

子ども

「中に子どもがいるんです」と泣き叫びながら、女が駄菓子屋の店先のカプセルトイを回し続けている。

シャボン玉

妹の吹くシャボン玉は電車に轢かせないと割れないので、私たちはいつも線路の傍で遊んでいる。

耳垢

最近、真四角や星形の耳垢が出てくるので、耳鼻科で診てもらったら、耳の穴に数式がびっしり書き込まれていた。

ラーメン屋

近所のラーメン屋の本棚には、漫画や雑誌に混じって、店の親爺の遺書が置かれていて、それを手に取ると、親爺が照れ笑いする。

ガム

バスの中で誰かが噛んでいる彗星味のガムの香りを嗅いで、ふいに死にたくなる。

タンバリン

今朝も髭を剃る前に、髭をおびき出すため、鏡の前で一人、タンバリンを叩いている。

スーパーの果物売り場で、若い女が自分の心臓を取り出して林檎と赤さを比べていたので「あなたの心臓の方が赤いですよ」と声をかけると、女は頬を赤くした。

その花は一日一滴の涙で十分育つのに、昨日は泣きすぎてしまって、花は腐ってしまった。

物置の奥から出てきた時計に、無精針がいっぱい生えていて、どれが現在の時間なのかわからない。

生け簀の底にいる、誰にも注文されない蛸が、他の魚や海老が連れていかれるたび、何かの踊りを踊るようになった。

ある晴れた日、雨屋のショーウインドーを見て、カタツムリの兄妹が何やらくすくす笑っている。

電波

ラジオが蝶を操る電波を流している時間、ずっと股間がむずむずするので、私はちょっと蝶なのかもしれない。

飛行機雲

空に現れた八本の飛行機雲を見上げ、蛸の王が不敵な笑みを浮かべる。

専用車両

隣の林檎専用車両から漂ってくる甘い香りを嗅ぎながら、鞄の中の梨をそっと撫でている。