超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2021-09-01から1ヶ月間の記事一覧

駄々

「ねぇ、買って買って買って買ってぇ」と、ショーウィンドウの中から駄々をこねられる。

この娘

この娘、俺がお金払ったから俺にこんなことしてくれてるんだよなぁ、とわかっていたつもりだったが、彼女の背びれの色を見て改めてそう思った。

あーあ

ぼくのお母さんは時々、心臓を描いた絵をぼくに破らせて、「あーあ、今ので誰か死んじゃった」と笑うが、笑った後、一人胸をおさえて泣く。

私の母は旅行等に行く時、どんなに荷物が多くても、鞄に赤ん坊一人が入るスペースだけは必ず空けている。

結婚

「かえったら結婚するんです」彼はそう言って、胸ポケットから一個の卵を取り出した。

たしなみ

私の通っているバレエ教室には、生徒の中に一匹の蜂がいる。女王蜂になるためのたしなみの一つなんだそうだ。「羽の使用は禁止ですよ」先生は厳しい。「××ちゃんは絶対刺されないようにするね」去年のバレンタインデーにチョコをプレゼントしたら、彼女は笑…

火事

ある夜、我が家が火事になったので通報したが、駆けつけた消防隊員も野次馬も、「いいにおいがする」と言って、直立不動で鼻をすんすんさせるばかり。

機嫌

我が家で飼っている三匹の猫は、朝、テレビの前にじっと固まって丸まっているが、ニュース番組の占いのコーナーが終わると、立ち上がって散り散りにどこかへ出かけていく。牡牛座が最下位だとぶちの機嫌が悪い。

嘘だから

「嘘だから、あれ嘘、嘘なんだよ、嘘だから、嘘だから……」虚空に向かってそうつぶやきながら、兄は息を引き取った。

名前

家族が多いので、プリンやアイスに、マジックで家族それぞれの名前が書いてあるのだが、いつも一つだけ、知らない人の名前が書かれた物が必ず混じっている。

へそ

私のへそは鏡に映らない。

この牛との思い出話を聞いてくれれば、安く食べられますよ。

22

真っ暗な闇へと続く階段の上から、22個目の義眼が転がってきて、22時になったことを知る。

朦朧とした光の中で、執刀医の涙が私の体の中にぽとり、落ちるのを感じた。

小指

今日は少なかった。小指しか出てこなかった。先は長そうだ。完成予想図を見ながら、産婦人科をあとにする。

目印

「あれ、お兄さん、まだ迷ってるの」さっき教えていただいた目印の首吊り死体が見当たらなくて……。「ああ、とうとう警察が動いたんだねぇ」

標識

ぼくの家のトイレの前には、「その他の危険」の標識が立っているので、ちょっとでも物音がするとドキッとしておしっこが出なくなってしまう。

別れ

「美味しそうだから別れてください」ある日恋人にそう告げられる。

ささくれ

これささくれじゃないよ。「ココカラアケル」って書いてあるだろ。

逮捕

ムカデを逮捕したが何本目の脚まで手錠をかければいいのかわからない。

遺書

自殺したその天文学者の遺書にはただ一言、「!」とだけ書かれていた。

夜の海

夜の海で洗浄された月用のコンタクトレンズが、ゆっくりゆっくり夜空をのぼっていく。

千羽鶴

長い入院生活、昔友だちが持ってきてくれた千羽鶴をふと見ると、使用期限が記載されていて、それがもうだいぶ過ぎている。

表札

公衆トイレの一番奥の個室に駆け込んだら、便器の蓋に女の名前が書かれた表札が打ち付けてあり、「用を足す時はノックしてください」の貼り紙。