超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2016-01-01から1年間の記事一覧

抜け殻

部屋の隅に抜け殻を残して、恋人が去ってしまった。 * カサカサの恋人の抜け殻を、そっと壁に立てかけた。 * 夜までぼんやりと空を眺め、爪を切り、そうしたらもうすることがなくなったので、一人布団に潜り、抜け殻を眺めながら眠ることにした。 * 抜け…

酔いと呪い

そいつが死んだ時、一番の下っ端だった俺の耳の穴の中に、そいつの死体を埋めることになった。 アル中だったそいつは、死体になっても酒瓶を握りしめて離さなかったので、仕方なくそのまま埋めたのだが、それ以来寝返りをうつたびに、瓶に残った酒が俺の頭の…

Here Comes The Sun

金具を回す乾いた音が空に響いている。 私が金具から手を離すと、空の雲がゆっくりと動き出す。 去っていく雲を目で追っているうちに、私のまぶたは重くなり、眠気が全身に忍び寄ってくる。 金具を回す乾いた音が遠くで響いている。 金具を回す乾いた音がや…

穴と秘密(fixing a hole)

もしもお薬で治らなかったら、この穴は、お人形の隠れ家にするの。

砂と尾

夕方の動物園で、機械仕掛けの象が、水のみ場の傍に座り込んでいる。 どこからか飛んできた雀が、水のみ場の水を飲んでいる。 機械仕掛けの象は水を飲まない。喉から全身が錆びていってしまうから、水は飲むなと飼育員に厳しく言われているからだ。 機械仕掛…

ホテル

薄着をした女が、ホテルの廊下を歩いている。 女は一つのドアを開ける。 薄暗い照明の下のベッドに、人のかたちをした石が腰かけている。 女は石を抱きしめる。 石が崩れて隙間から枯れた花が顔を覗かせる。 女は丁寧に花を抜き取り、枕の上に横たえる。 女…

雲と飛行機

腐った雲が夏空を流れていく。 石鹸のマークがついた飛行機が、それを追いかけていく。 団地のお母さんたちが一斉にベランダに出てきて、慌てて洗濯物を取り込む。 腐った雲は夏空をどこまでも流れていく。

星と蛇口

宇宙服を着たツアーガイドの女が、目の前を漂うビーチボールくらいの惑星を掴み、蛇口を取り付ける。 宇宙服を着た私たちが、コップをあてがい、栓をひねると、綺麗な青の液体が注がれる。 星の生き物たちが干からびて死んでいくのを眺めながら、ちびちびと…

流し台と人魚

台所にゴキブリが出たのでそれのための罠を組み立てていると、流し台の方から何やらゴボゴボと音がしたので、そっちに目をやると、水を溜めた洗い桶の縁に小さな人魚が腰かけていた。人魚はゴキブリの罠を組み立てる私を見てくすくす笑ったかと思うと、高い…

早朝、寝室の窓をコツコツと叩く音で目が覚めた。 カーテンを開けると、塩の小瓶がふわふわと浮かびながら窓を叩いていた。 しばらくじっと見つめていたら、塩の小瓶はふいに回れ右をし、庭先で遊ぶ雀たちに塩をふりかけたりして、ちょっかいを出し始めたの…

歯型

朝起きると二の腕に歯型がついていた。 寝ている間に自分で噛んでしまったらしい。 何だかよくわからないが、とりあえずいつものように洗面台の前に立ち、顔を洗っていると、頭の上から「痛いから噛まないでください」という声が聞こえてきた。 恐る恐る顔を…

雨と新品

突然降り出した雨の中、家路を駆けていく。 雨漏りの音が頭の中に響いてうるさい。 昨日市場で安く買った頭だから、どこかうまく繋がっていないのかもしれない。 前まで使っていた頭は上司の子どもに譲ってしまった。 昔誕生日に親が買ってくれた良い頭だっ…

氷を踏んで足を切った。 三日前まで飼い猫だった氷の塊の表面を生ぬるい血が流れていく。 今朝は少し眠りすぎた。 今日の層に、もううっすらと霜が降りている。

こたつと蜜柑

冬。 少女がこたつで蜜柑を剥いている。 彼女の傍らでは老猫が丸まっている。 テレビもラジオも沈黙し、部屋はひっそりと静まり返っている。 * 少女が蜜柑の一房を口に入れようとした時、老猫がふっと目覚め顔を上げる。 少女は老猫に目をやる。 老猫は立ち…

月と娘

満月の夜、居間の窓から外を眺めていた娘が、何を思ったか突然ベランダに出た。慌てて追いかけて「どうしたの?」と聞くと、「ゴミ」と言いながら月を指さす。 「ゴミ?」と聞き返すと、娘が月に向かってふっと息を吹いた。すると私が今まで月の模様だと思っ…

貝と砂浜

晩飯の時間になっても妹が部屋から出てこないので、妹の部屋のドアを開けると、波の音がして、寒々しい蛍光灯の光の下に、暗い海が広がっていた。 冷たい砂浜の上には、二枚貝がいくつか転がっていて、拾って台所でこじ開けると、中には妹がよく弾いていた電…

しおりちゃん

カビが生えてしまったので、綺麗に洗って、薄く切って乾燥させて、本の栞にした。 文庫本は常に持ち歩いているので、これならいつも一緒にいるみたいで嬉しい。

桃の水

友人の家に遊びに行くと、友人のお母さんが、昔よく出してくれていた桃の香りのする水のことを思い出します。 友人のお母さんは桃の香りの息を吐き出す唇を持っていて、それを水に沈めて桃の水を作っていました。 水を入れたプラスチックのポットの中で桃の…