超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

顔と食卓

(夜の食卓。父が新聞を読んでいる。中学生の娘は携帯をいじり、小学生の息子はへそを掻きながらテレビを見ている。台所の方から微かに夕飯を作る物音。静寂よりも静かな空間。)
(父が時計に目をやり、新聞を閉じたとき、台所の方から母のうめき声が聞こえてくる。全員が僅かに反応するが、誰も何も言い出さない。)
(母が現れる。手に持った盆に、味噌汁の入った椀が載っている。)

お前、顔、どこやった。

(母の顔がない。白髪の混じった髪の毛と、細い喉の間の空間は、ぽっかりと穴が空いている。)

お前、顔、どこやったんだ。

(息子がゆっくり盆の底を指さす。父と姉が見ると、盆の底に母の顔が張り付いている。異常なほど濃い化粧。)
(母、そのまま盆をテーブルに置く。底の顔がひしゃげ、盆が傾き、味噌汁がひっくり返る。崩壊の予感がゆっくり食卓に満ちていく。)

お前、それ、みっともないぞ。

(父、ようやくそれだけ言って、再び新聞を広げる。)