超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

百円分

 動物園にライオンを見に行ったが、たてがみのあるライオンが一頭もいない。通りかかった飼育員に訊くと、「百円になります」と言われた。何のこっちゃと思いつつ百円玉を手渡すと、飼育員はライオンの檻の中へ入り、端でごろごろしていた一頭のメスライオンの背中をぽんぽんと叩いた。よく見ると、面倒くさそうに立ち上がったメスライオンの首の後ろにはコイン投入口がある。飼育員がそこへさっき渡した百円玉を入れると、メスライオンの顔の周りにいきなりぼわっとたてがみが生え、あっという間に勇ましいオスライオンになった。そいつはそのまま俺の方へ近づいてきて、たてがみを見せつけるようにぐるりと一周して、元の場所へ戻ってまたごろごろし始めた。やがて百円分の時間が終わったらしく、たてがみがしゅるりと引っ込んで、また元のメスライオンに戻ってしまった。「今日はまだあと一回くらいいけますけど」飼育員が檻の中から俺にそう言ったが、「いいです」と答えてそのまま動物園を後にした。言いたいことは色々あったけど、まぁ、とりあえず百円分は堪能できたかな。