私は病の床に臥せていた。布団は臭く、体中が痛かった。自分の病状も、いつからこうしていたのかも思い出せなかった。もしかしたら、生まれたときから病気だったのかもしれなかった。
カーテンの隙間から、日の光が差し込んでいた。朝だろうか、それとももう昼なのだろうか。今日が何日かもはっきりしないが、とりあえず仕事には行かなければならない。虫の足のような体を布団から引きずり出し、台所まで這っていった。何も食べる気がしなかったが、朝食を摂ることは良い仕事の基本だから、とりあえず冷蔵庫を開けてみた。
空っぽの冷蔵庫の中に、林檎が一つ転がっていた。林檎は、淡い光に包まれていた。
手に取って嗅いでみる。甘い香りが鼻を満たし、一気に腹が減ってきた。布団に戻る力も無かったので、台所の床に寝そべったまま林檎に歯を立てた。しゃり、というかわいい音がして、果肉の欠片が口の中に飛び込んできた。驚くほど甘かった。
いつ買ったものだろう。私は目だけを動かして、そっと林檎を見た。齧った場所から、光の粒が溢れていた。光は湿った床に落ち、白く小さな花になった。実にいい匂いがした。
不意に、玄関のドアを叩く音がした。私は慌てて果肉を飲み込んだ。それからドアの向こうに返答しようとした。しかし、どうがんばっても口が動かなかった。ドアを叩く音は激しくなり、やがて止んだ。どうやらドアに耳を当てて、中の様子を探ろうとしているらしかった。まだ間に合うと思い、もう一度返事をしようとしたが、体のどこにも力が入らなかった。私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
永遠とも一瞬ともわからない時間が過ぎ、ドアの前から気配が消えた。どこからか風が吹いてきて、小さな花を揺らした。手から林檎が転がり落ち、床に当たって弾け散った。耳を澄ますと、骨が崩れ、肉が腐る音がした。涙が溢れてきた。あとはずっと静かだった。