超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2024-01-01から1年間の記事一覧

亡き母の顔にそっくりな黴が生えた食パンに向かって、パン職人の父が「浮気者」と怒鳴っている。

誤り

谷底に降りると、地面に、「ヤマオリ」と書かれた線が引かれていた。

キャットフード

前世が人間だった猫用のキャットフードがどんどん美味しくなっていく。

電波塔

電波塔の不具合で、蝉が鳴かなかったため、本日は寂しい夏の日となりました。

マウス

好きなアイドルと同じ名前をつけたマウスを、俺の研究生活最後の実験に使う。

点滅

電車で、目の前の席に座ってうとうとしているおじさんのおでこの「要交換」ランプが点滅している。

紙吹雪

紙吹雪にまみれた最後の太陽が、照れくさそうに地平線に沈んでいく。

人工の太陽の完成記念式典の生中継を映していたテレビが、内部から溶け始める。

かわいい

火葬場で焼き上がった母の台車を取り出した瞬間、「かわいい~!」と声がして、振り向くと知らない女がいる。

運が悪かったね、と女はつぶやいて、元夫の生まれ変わりであるミニトマトを口に放り込んだ。

売れない

その画商の男は、ずっと売れない女性の肖像画のモデルが、幼い頃に生き別れた自身の妹であることを知らない。

図工

死なない子どもたちが、学校の図工の時間に自分たちの棺桶を作っている。

歩いている夜道に、笹舟の自販機が増えてきて、川が近いことがわかる。

宿題

小学校で「命」についての作文の宿題を出された少年が、下校途中に公園に寄り、蟻を一匹一匹潰している。

買い物に行く途中、通りかかった刑務所の塀の中から、誰かが「カレー食いてー!」と叫ぶ声が聞こえたので、今日の夕飯はカレーにする。

株価

人工の蛍を製造している会社の株価を見て、今年も夏を実感する。

副作用

副作用の欄に「嘘をつく」と書かれた風邪薬を飲んで、恋人の家に向かう。

見上げた青空に、雲かと思ったら修正液で、何を消したのだろう。

長靴

軒下に干した長靴の先から、娘の涙が滴っている。

ぬいぐるみ

道を歩いていたらぬいぐるみを踏みそうになり、思わずよけると、後ろから「踏んでよ」と言われ、振り返ると裸足の少女が立っている。

痙攣

鏡で自分の顔を見るとき、必ず私のまぶたは痙攣する。

巨鳥

その巨鳥の巣は飛行機雲が集まって出来ている。

機械

死んで天国に行ったら、入口の番号札の機械が壊れていた。

泥団子

墓地で一人、墓石を相手におままごとをしている少女が、墓石に泥団子を塗りたくっている。

玄関わきに月光除けの傘が立てかけられているアパートの一室から、ある夜、一人の女が出てくる。

サイレン

毎日救急車のサイレンの音を口真似しながら町内を走り回っていたおじさんが、ある日救急車で運ばれていった。

変化

数年前、自身の母親の遺影を持って美容整形外科を訪れた女性が、今度は娘の遺影を持って再び訪れた。

良いこと

良いことをしたくなった青年が、父親が造っている偽札を一枚盗み、コンビニの募金箱に入れた。

羽音

親戚たちの羽音も遠ざかり、墓地には羽のない私だけが残された。

役人

悲しみの標準値を決める役人が、自身の母親の葬儀会場で、参列者に何かを訊いて回っている。