超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2023-03-01から1ヶ月間の記事一覧

赤い頬

林檎の樹になるための受験勉強をしている娘を、「あんたに生る林檎はすっぱそうね」とからかうと、「甘いもん」と言って膨れる赤い頬が、林檎そっくりで可愛い

毒薬

独房の壁に血で描かれた毒薬の瓶を掴もうと囚人の手が虚空をさまよう

スマホを忘れて時間がわからず、通りかかったおじさんに「今何時ですか?」と訊くと、おじさんは自分の下っ腹をぐっと押し、やがておじさんのお尻から「クジハンデス」との声が

自販機

ペットのハムスターのために、天使の自販機で、小さいやつを買う

国旗

あれほど大切にしてきた国旗で、彼は今、雨に濡れた猫を拭いている

合図

頭からガソリンをかぶったオーケストラの演奏者たちを前に、マッチを持った男が、指揮者の合図をじっと待っている

騎士

馬の蹄のような音が台所から聞こえてきたので、そっと覗くと、白馬を連れた騎士が、ゴキブリ用の罠の前にひざまずいていた

玩具箱

私は、天使の死骸は玩具箱に入れていたよ

肝試し

肝試しに、今はもう誰も住んでいない、「地球」と呼ばれる星へ行く

メモ

捨て子の死体の額に、油性マジックでメモされた、児童相談所の電話番号

ブログ

そのオスライオンのブログは、動物園の檻の中から見上げる月の話を最後に、更新が止まった

門柱

人間に生まれ変わる魂がくぐる門の門柱には、誰かが書いた「命を粗末にするな」という落書きがある

つり橋

朽ちたつり橋の真ん中で密かに、太陽と月が抱き合っている

シャワー

夜のホテルのベッドに腰かけ、豚がシャワーを浴びている音を聞きながら、豚カツのことを考えている

コーヒー

ぼくがコーヒーを飲まないのを見て、叔母は「もったいない」と言い、ぼくの涙が落ちたぬるいコーヒーを一気に飲み干した

おにぎり

白衣を着たおにぎりが、鮭の切り身の乗った車椅子を押しながら、病院の中庭を散歩している

アピール

電車の向かいの席に、冷蔵庫が座っていて、私と目が合うたびに扉を開き、中の筑前煮を見せてくる

あくび

男のあくびが伝染って伝染って地球を一周してまた男の元に戻ってきたことを、神様だけが知っている

家でごろごろしていたら、アパートの大家のお婆さんが合鍵で入ってきて、ぼくの頭を鋸で切り、脳味噌の皺深くに油性マジックで「家賃」と書いて、ふん、と出て行った

口内炎

口内炎だと思いたいが、口内に出来たそれはどう見てもミステリーサークルだった

パーティー

パーティーのテーブルには、瀕死の蝶が置かれていて、会話が途切れるたび、客たちはうつむいて、蝶の羽をちぎって次の話題が見つかるまで時間を潰す

バナナ

呪いによって、もう既に人差し指はバナナほどの大きさに膨らんでしまっているのに、その女を指差して笑うことをどうしてもやめられない

赤い光

赤い光なら、信号機よりパトランプの方が美味しい

蟻の巣

庭の蟻の巣の傍に、巣の方を向いた靴と遺書が置かれている

勉強

彼女が国語を一所懸命勉強するのは、あの夏、目の見えない弟と、花火大会に行ったことがきっかけだった

友人の葬儀に出席した時、私は旧い人間なので、悲しい気分になる錠剤は渡されなかった

役者の夢を捨てたその若者は、撮影所に降ったにせものの雪を小瓶に入れて、南国の故郷へ帰っていった

群れ

背後に武装した兎の群れが迫る中、夜空に浮かぶ数個の月の中から、正しい月を選ばなければならない

羽音

「本日貸切」の貼り紙がされた花屋のシャッターの向こうから、大きな羽音が聞こえてくる

依頼

昆虫学者からの依頼で、あるテントウムシの見合い写真をパソコンで修正して、黒点を一つ消す