超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2020-11-01から1ヶ月間の記事一覧

猫という生き物

私の遺書を横からひょいと覗き込んだ後、飼い猫は苦笑して静かに部屋から出て行った。

へそ

ふいにへそから視線を感じたので、屈み込んでへそに目をやると、腹の中から、シャッ、とカーテンを閉める音が聞こえてきた。

その町に生まれた子どもの口には、「父を咬む歯」と「母を咬む歯」が必ず生えていて、家を出る時にどちらかを抜く風習があるそうだ。

どうですか、都会みたいにスイッチ一つで明るくなるんじゃなくて、蝋燭で一つ一つ火を点けた星空ですからね、味があるでしょう、味が。

怖い人

母ちゃん、怖いよ、この人、味がしない。

メモする

首のない死体は休符、手をつないでいる死体は連符、メモする、メモする。

ぼくら

夜の花の香りの中で、何度も何度も話し合った結果ぼくらは、ぼくらが出会った誘蛾灯に身を投げて死ぬことにした。

まめ

ぼくのお母さんはまめな人だから、ぼくが生まれた時の包装紙もちゃんと取ってある。

神社

昨日、何かを焼くような臭いがずっと漂っていた近所の神社を、今日、訪れてみると、誰もおらず閑散としていて、賽銭箱には「もう何を願っても無駄です」との貼り紙がされている。

朝から昆虫採集に行っていた息子が満面の笑みで帰ってきたので、「いいことあったの?」と訊くと、息子は「もうすぐぼく、あの山の王様になるんだ」と答えて、血まみれの虫捕り網を堂々と掲げ、「今日は逃げられちゃったけどね」とはにかんだ。

安心

野菜のコーナーにも、肉のコーナーにも、魚のコーナーにも、「安心!」と書き添えられた、注射器の絵が貼られている。

娘の日記をそっと盗み見たら、「お母さん」という言葉の後ろが「?」だらけだったので、正体がばれないように気を引き締めなければいけない。

泡立つ波の下に、一瞬袈裟が煌めいたので、今日の漁は中止になった。

お弁当

今日の昼休み、コンビニに行ったら、まったく面識のない女性店員に、「あなたのようなうそつきにはお弁当を温めてあげません」と言われた。

すべての戦争が終結したとの知らせを受け、老人は再びその鐘を鳴らすため梯子をのぼっていった。

おばあちゃんの魂、つぎはぎだらけだったね。

地面

確かに子どもを轢いてしまったはずなのに、車を降りて確かめると、タイヤの下の地面には、何か数式のようなものがびっしり書かれているだけで他に何もない。

月がさらさらと砕けていくように見えたらそれは月に擬態する蝶の群れが飛び去っていくところで、夜明けが近いことを示す証拠である。

スマホの電波の入りが悪くなると小雨になり、電波が入ると途端にざあっと雨が降るので、これ、天気予報のアプリじゃないかもしれない。

私の国は、司会者の合図とともに滅ぼされた。

初めて人を好きになった日の夜、体中の穴という穴から白い蛇が出ていく夢を見て、はっと目覚めると、私の体は人間の女になっていた。

遊具

そういえば、昔、公園にこういう遊具あったよね、うずくまってる人間の腹にバネが付いてて、びよんびよん揺れるやつ……え、いや、あったじゃん、あの、スキンヘッドで、うずくまってる男の人の……。

祖母と祖父

祖母がコントローラーの受け取りを拒んだため、祖父の遺体からアンテナが取り外された。

シャボン玉

霊安室に漂っているシャボン玉のようなものは、気になっても決して触ったりしてはいけませんよ、……あ、こら。

安泰

病院から宅配便で届いた血液をジョウロに詰め替えた祖母が、「よかった、これで今年も安泰だ」と呟きながら、枯れ木の立ち並ぶ庭に下りていく。

容量

テスト勉強中、容量がパンクしかけてきたので、耳の穴の中にプラスドライバーを突っ込み、ねじをゆるめて、鼻の穴から流れ出てきた英単語を、忘れていいやつとダメなやつにより分ける。

いわくつきだという一軒家を借りて住みはじめてから、飼い猫が妊娠中の鼠だけを狙って殺すようになった。

風景(風呂敷)

目の前に座っているお婆さんの頭上の網棚に置かれた、何かぶよぶよした物が入っているらしい風呂敷包みが、電車が海の近い駅に着くたびに、ちょっときゅっと固くなる。

三倍速

「おじさん、三倍速で!」と注文を受けた金魚すくい屋台の親爺が、「あいよ」と答えつつ、水槽の中の金魚の脳味噌を待ち針で次々突いていく。

きっかけ

ふと見たら母の遺影がウィンクしていたので、今の人と結婚することに決めたんです。