超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

風船

 苔むした赤い風船が、虫に食われてぼろぼろになった紐を揺らしながら、今日もあの子を探して、裏路地をふよふよと漂っている。かつて自分の紐を握りしめて、この裏路地を駆けていたあの子のことが忘れられないのだ。いじめっ子にいじわるされて離ればなれになったあの日から、赤い風船は、カラスにつつかれ、野良猫に鼻で笑われながら、あの子を探し続けてきた。これからも探し続けるだろう。あの子がとうの昔に遠くの町へ引っ越してしまったことも、きっと今は赤い風船よりももっと楽しいものたちに囲まれて暮らしているであろうことも、この赤い風船は知らないのだ。からかい半分で、口笛を吹いてみる。風船はゆっくりとこちらを振り向き、何もないことを知ると、再び裏路地をふよふよと漂っていってしまった。つまらないやつだ。そんなわけで、ここの裏路地の住人たちは、縫い物をするたびに、針を見つめ一瞬だけ風船に思いを馳せてしまうのだ。