家の近所に、「人を食う化け物が棲む」と言われている山がある。
先日、その山の入り口にパトカーが何台も停まっており、野次馬がそれを遠巻きに眺めていた。近所の奥さんが野次馬の中にいたので話を聞いてみると、どうやら不審者が山の中をうろついているらしい。
数分後、警官に両側から支えられて、山の中から、なぜか全身がうっすら茶色いおじさんが現れた。手には紙切れのようなものが握られており、目はうつろでどこを見ているかわからない。
怖い。わけがわからなくて怖い。近所にあんな男がいたのかと思ってぞっとした。
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次の日、新聞の地方欄に、事件の詳細が載っていた。
記事によれば、おじさんはあの日、自殺しようとしていたらしい。持ち物は遺書だけ。
体がうっすら茶色かったのは、「化け物が自分を食べやすいように」と、近くに停めた車の中で、全身にわさび醤油を浴びてから山に入ったためなのだという。
喜怒哀楽のどれにも当てはまらない謎の涙が、私の頬を伝っていった。