【一.震え】
お母さんが夕飯の支度をしている台所から、包丁をまな板に叩きつける音とともに、短い悲鳴のようなものが聞こえてきた。
あれはやっぱり見間違いじゃなかったんだ。
スーパーから帰ってきたお母さんが手に提げていたビニール袋の中で、何かが手をつないでいるのが、うっすら透けて見えていたのは。
【二.抵抗】
あ。
鉛筆の先っぽ、食われた。
ちょっと唇の形を描き直そうとしただけだったのだが。
【三.魔女と線香花火】
結局、ただの勤め人である私には、病にかかった魔女を助けることなんてできなくて、彼女の体が毎日少しずつ小さく萎んでいくのを、諦めと無力感の中でただ見ていることしかできなかった。彼女は最初からあんたに期待してなかったからと軽口を叩いて笑っていたが、その優しさが余計に私を落ち込ませた。
*
大柄だった彼女が小指くらいの大きさにまで萎んでしまったある夏の朝、彼女は目覚めたばかりの私の耳元に向かって、いつか見た線香花火という物をもう一度見てみたいと叫んだ。
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その夜、私は会社帰りにコンビニで花火を買い、汗ばんだ肩に彼女を乗せて、近所の原っぱで線香花火に火を点けた。
夜の闇に囁きかけるような淡い光をしばらく二人で見つめていると、彼女が突然、線香花火にまたがってみたいと言い出した。
危ないからと言っても彼女は聞き入れず、結局私が火が点いたままの線香花火の端をしっかり持ち、彼女がそこにまたがることになった。
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昔、こんな風に飛んだことがあってさ。
線香花火の上、楽しそうな顔で夜空を仰ぎ見ながら彼女は、ふいに叫んだ。
そして、遠い昔、炎の魔法を覚えたばかりの頃、嬉しさのあまり、箒で夜空を飛びながら炎を輝かせたこと、その時、病気の母親を持つ兄弟に流れ星に間違えられて狼狽したこと、彼らの願いを叶えるために随分難儀したことを、線香花火の火薬が弾ける音に負けないように大声で話して聞かせてくれた。
彼女が自分のことをこんなに教えてくれたのは初めてだった。
結局その日は線香花火を二、三本楽しんだだけで家に帰った。
彼女ははしゃいで疲れたのか、すぐに眠ってしまった。
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次の日の朝、いつもの時間に目が覚めた。
いつもの調子で彼女におはようと声をかけようとベッドから起き上がると、彼女の姿はどこにもなかった。
部屋には微かに火薬のにおいが残されていた。
*
その日の夜、昨日の原っぱに寝転がり、余った線香花火に一本一本火を点けながら、夜空に流れ星を探している自分に気づき、思わず涙が溢れて止まらなくなった。あーあ。