超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

水と声

 バイト先のカラオケ店に、蛇口の客がやってきた。台所からシャワー、庭にあるものから洗濯機用のものまで、様々な種類の蛇口の団体客だった。普段水ばかり出しているから、たまには声を出したいということらしかった。案内した部屋へと向かっていくシャワーの後ろ姿は色っぽかった。ドリンクを部屋へ運んでいった時、一番大きな蛇口が「川の流れのように」を歌っていた。何か象徴的な意味があるのだろうか。思わずそんなことを考えていたら、たこ焼きを温めすぎていて、先輩に叱られた。

くちびる

 放課後、学校の廊下の角を曲がると、上履きのかかとを踏んで歩く足が見えたので、「上履きのかかとは踏むな」と注意しながらよく見ると、そいつは足首しかなかった。足首はこちらを振り返り、不満そうにつま先でトントン、と床を蹴った後、階段を下りてどこかへ行ってしまった。くちびるをとがらせた生意気そうな顔が見えた気がしたが、そこにはただ夕闇が広がっているだけだった。

おやつ

「戸棚におやつが入っています」という書き置きにあった戸棚を開けると、そこには蝶の標本がぽつんと置かれていて、「私は本当はこの家の子じゃないのかもしれない」という思いがますます強くなっていく。