超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

葉と文字

 ある日自宅の郵便受けを開けると、葉っぱが一枚入っていた。
 へたくそな字で住所と名前らしきものが書かれており、切手まできちんと貼られている。
 肝心の文面を1時間近くかけて解読した結果、どうやら同窓会の招待状らしい。
 鼻を近づけると案の定、獣の臭いがした。
 同窓会の幹事なんて、まだ人間のままでいられてる奴にやらせればいいのに。

皮と風

 ほとんど食べ残された私の皮が、すっかり萎んで流し台に捨てられている。
 同じ家にいるはずなのに、もう三ヶ月も彼と顔を合わせていない。
 今日も私は出来たばかりの皮を剥ぎ、彼の使っているお箸を添えて、彼の部屋の前にそっと置く。
 物音一つしない家の中は、一人でいた時よりもずっと静かで寂しい。
 そろそろ公園から人がいなくなる時間帯だ。
 出かける支度をして、後ろ手に玄関のドアを閉め、新しい皮を作るために、木漏れ日を浴びに行く。
 剥き出しの肉に、夏の風が心地好い。

帰国

 友人から外国旅行のお土産に缶詰をもらった。
 外国で買ってきたという割にはやけに和風なデザインのラベルが貼られていたが、まあ、そういうものもあるのだろうと思った程度で、特に気にしなかった。
 中身はたぶん魚か何かの肉でそれなりに美味しかったのだが、食べ終えた直後から、何だか腹の中がざわざわする感じに襲われた。
 変なものでも入っていたんじゃないかと不安になり、缶のラベルを読もうとした時、缶の内側に、何かで引っかいた「正」の字がびっしり残されていることに気がついた。

妻と苺

 十七で死んだ息子が天国にいると信じている妻は、今日も息子の姿を空に探すため、脚立を抱えてマンションの屋上へ足を運ぶ。
 飛行機に乗ったらもっとよく探せるんじゃないの、と言ってみたことがあるが、妻は、それだと声が届かないから、と答えて優しく微笑んだ。
 僕は妻の好きな苺を洗い、ガラスの皿に盛り付けてリビングのテーブルに置いておく。
 そして気が済んだ妻が戻ってくるまでの間ゆっくりと、マンションの隣の空き地をスコップで掘りながら、地獄に落ちたはずのあいつの姿を探すのだ。

食物連鎖

 ワイングラスの中で揺れる私の魂を、その男はしげしげと眺め回していた。
 どうやら食べられるところを探しているらしかった。
 男は長い時間そうしていたが、振り子時計が鳴る音とともに突然諦めたような顔になり、執事に小さなスプーンを持ってこさせた。
 そして私の魂の上澄みを申し訳程度にすくい、小さなため息とともに口に運んだ。
 恥ずかしそうにうつむく私を見て、男は慌てて微笑み、紋切り型のお礼と言い訳を並べ、食べ残した魂を私の中に戻した。
 逃げるように男の屋敷を後にし、私は次の食卓を目指して歩み始めた。
 少し食べられたはずなのに、魂は前より重たくなったようだった。

爪をとぐ

 いつものように学校へ向かう子どもたちを笑顔で見送っていたら、野良猫がやってきて私の脚で爪をとぎ始めた。
 やはり動物は勘がいい。
 私が人間でないとすぐに見抜いたらしい。
 遅刻したらしい男の子が私に気づき、物珍しそうな目で私と猫を交互に見ながら近づいてきた。
 もっと吟味する予定だったけど、今回はこの子で妥協することにした。