トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。

暖炉と酒瓶

 どこか暗い、異国の食堂に私はいて、目の前に薄く切った林檎が、並べられている。これに毒が仕込まれていることは、ずいぶん前から知っている。

 食堂の隅には暖炉があって、音もなく薪を灰にしていく。暖炉の灯りの前には、たくさんのテーブルが並んでいるが、生きた人間が座っているのは私の席だけで、あとの客はめいめい、生きることから解放されたことを喜んでいるかのように、好き好きなポーズで床に転がっている。

 それを見て私は、異国の食堂にいるのに、更に遠くのどこかの国の、遺跡の壁のレリーフを思い出している。

 食堂には簡易なステージが組まれていて、フラメンコダンサーが、ギターに合わせて舞っている。木の床が細い足首の下で、カンカンとせわしない音を立てている。ダンサーのスカートが翻るたびに、乳が揺れ、酒のにおいと、暖炉の薪が燃えるにおいと、生ぬるい血のにおいが、ダンサーの腰にまとわりついて、薄く延ばされた影を作る。

 私はいつまでも、毒林檎を口に入れる踏ん切りがつかないが、私が死ねば、何かが完成するのだということは、ずいぶん前から知っている。

 ダンサーの顔にはぽっかりと穴が開いていて、その奥で口髭に覆われた唇が、パイプを噛みながら、私の死ぬのを待っているのが、見える。

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