超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

耳と晩餐

 橋の上で耳を拾った。小ぶりで形の良い耳だった。ポケットに余裕があったので持ち帰ることにした。

 家に帰り、こんなに形の良い耳だから何に使おうか迷いつつ、手のひらに置いて眺めていると、ちょっと傾けたときに、耳の穴から何か、白っぽい糸のようなものがさらさらとこぼれ出てきた。それはテーブルに落ちると溶けるように消えてしまった。しばらく見ていたがそれが何なのかよくわからなかった。
 そこで少し仮眠をとり、起きてすぐに耳を手に取り、何も考えず、目を澄まし、耳の焦点を合わせるような、そんな感じで改めて観察してみると、この白い糸のようなものが「愛の囁き」であることが、何となくわかった。それでひとまず満足して、夕飯を作ることにした。

 夕飯はナポリタンにした。タマネギが余っていた。
 テレビを観ながら食べようとしたが、その日のテレビはつまらなかった。だから途中でテレビを消して、それより耳を持ってきて、色々いじくりながら食べることにした。「愛の囁き」は相変わらず、耳の穴からこぼれ続けていた。こぼれてもテーブルが汚れないのが助かると思った。
 そのうちナポリタンがなくなった。満腹になった私は何の気なしに、「愛の囁き」をフォークでくるくると巻いてみた。それぞれは白い糸のようだが、集まって塊になると、その表面がぬらぬらと光っていて、妖精のさなぎのようだった。フォークの先が重かった。
 私は少し迷ったが、この「愛の囁き」は、もうこの耳に必要のないものだからこぼれ出ているのだろうと考え、その白いぬらぬらした塊を口に入れてみた。念のため、携帯電話に119と入力し、通話ボタンに指を置いたまま口に入れた。
 しかし、「愛の囁き」には何の味も、食感もなかった。ただフォークの先にくっついていたケチャップの味だけがかすかに舌の上に残った。ずいぶん拍子抜けして水を飲んだが、水もいつもの水だった。テレビを点けた。やっぱり面白くなかった。

 その晩はやたらげっぷが出た。そしてげっぷのたびに吐き出される息がなんだか甘いような気がした。しかしそれは「愛の囁きを食べた」という意識によってそんな気にさせられているだけなのかもしれなかった。