超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

星と笛

 好きな女の子の縦笛を舐めるために、夜の教室に忍び込んだ。人気のない教室は独特のにおいがした。夜の空気に晒されて耳や頬が冷たくなっているのがわかった。
 好きな女の子のロッカーを開け、縦笛を取り出す。ビニール製のケースの皺の一本一本が月明かりに照らされてくっきりと浮き出て見えた。縦笛を取り出し、そっと口にくわえたとき、地響きとともに壁が軋む音がして、窓の外が急に明るくなった。
 笛をくわえたまま外を覗くと、校庭に月が落っこちていた。何やらもぞもぞと動いている。眩しさに顔をしかめながら目を細めてよく見ると、月が幼い星の上にのしかかっていた。
 いけないものを見たような気がして思わず目をそらした。校庭に月の荒い息遣いが響きはじめた。そしてその奥から星のぴぃぴぃ泣く声が漏れ聞こえてきた。
 その声を聞いているうちに、むしょうに腹立たしくなってきた。窓を開け、月の背中めがけて上履きを投げつけた。月が体をぐるりとねじり、こちらを向いた。驚いたような怒ったような顔をしている。その形相に思わず足がすくんでしまった。見つかる前に逃げなければと思った。しかし、ただ逃げるのも癪だと思い、咄嗟に黒板に「バカやろう」と書いて教室を後にした。校門を出るときにふと夜空を見上げたら、やはり何もなかった。
 何やらわからない種類の達成感が胸にこみ上げてきた。ひっそりと静まりかえる夜道を駆けながら、あらん限りの力で笛を吹いた。甲高い音がした。