トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。

マリコからきいた話

ゴンドラと私

観覧車からゴンドラをもぎ取る母。果物籠いっぱいのゴンドラ。ゴンドラを軽く洗ってガラスの皿に盛り付ける母。中でまだ何かが暴れているゴンドラ。 私の部屋のドアをノックする母。食べなさい栄養あるんだからと机に皿を置く母。いらないとは言えない私。ス…

皮と肉

いつものように動物園の門を閉めた瞬間、スピーカーが私の名前を呼んだ。象の檻に来いという。行ってみると、象の檻の真ん中で、象がぶっ倒れていた。胸に耳を当ててみる。いつものぶつぶつ声が聞こえない。私は軍手をはめて、象の腹のボタンを外し、象のか…

ボディ

昨日風呂場のタイルにくっついていた妻の右目が、今朝は寝室の天井に移動していた。携帯の充電器の傍にあった小ぶりな耳に、おはようと声をかけると、昨日は玄関の靴箱の隅で苦しそうにしていた妻の唇が、今朝は寝室の窓ガラスにいて、おはようと明るく応え…

海と夕日

夕暮れの海を見ていたら、夕陽の中に、水面に突っ伏して泣いている少女を見つけた。何とかしてやらなきゃと思い、声をかけようとしたのだが、しかしあんなに遠くにいるんじゃ、いくら大声で叫んでも無駄だろうと思った。こちらに気づいてほしくて、足元の貝…

亀のかたちをした灰の塊を、痩せた痩せた子どもたちが、取り囲んでいた。 私が助ける間もなく、亀のかたちをした灰の塊は、痩せた子どもの、痩せた指につつかれて、崩れ落ちてしまった。 私は重たい影を引きずりながら、歩きつづけ、やがて岬にこしかけ、何…

舌と蜂蜜

妹の唇をこじ開ける。 中を覗く。 舌のない妹の口の中を、妹の舌の幽霊がうろうろしているのが見える。 私は蜂蜜の瓶の蓋を開ける。 スプーンを取り出す。 蜂蜜をすくう。一さじ。一さじで充分だからだ。 私は舌のない妹の口の中に、蜂蜜を流し込む。 妹の舌…

遠雷

(夏の坂道を、制服姿の少年が自転車で駆けている。少年の額には汗が滲んでいる) (汗はやがて筋となり、少年の頬を伝って、地面に落ちる) (地面に残された汗のしみは、少年の肌と同じ色をしている) * (住宅街の一角。小さな庭のある民家) (縁側。小…

しゅわしゅわ

海辺の小さなアパートに、女が住んでいた。 女は毎日、朝から晩まで、砂浜に腰かけて海を眺めていた。 女の肌には色がなかったから、夕暮れには女は夕暮れの色に、夜には女は夜の色に染まった。 ある日通りすがりの少年が、潮風の中に甘い香りを嗅いだ。それ…

おばけとハンドクリーム

どうやら、部屋におばけがいるらしい。 夜中にふと目が覚める。 体が熱っぽい。 私はうなされている、しかし私の声ではない。 枕元の湿った畳がわずかに沈み、額が冷たくなる。 柔らかいものが私の頬に触れている。 ハンドクリームの匂いがする。 体は相変わ…

花とじょうろ

(晴れた朝。静かな住宅街。広い庭のある美しい家。) (庭の花壇には、白い蕾を付けた大きな花が植えられており、その前で、中学生くらいの娘が、じょうろを片手に地べたに座っている。) (娘はどこか疲れたような笑みを浮かべながら、花に優しく水を与え…

(一) ぽかんと口も目も開けて畳の上に転がる俺を見下ろしながら、彼女はおもむろに服を脱いだ。 彼女のお世辞にも綺麗とは言い難いからだが、畳と俺と砂壁と、とにかく部屋の全部を染めている夕日の色に鈍く輝いていた。 (二) 彼女は突っ立ったまま俺を…

影と夕暮れ

自分の影と喧嘩別れした。 夕暮れが物足りなくなってしまった。

妻水

妻はある朝、水になりました。そしてその日から浴槽の底で、ゆらゆらと揺れています。 妻が突然水になり、私の生活は寂しくなりました。 妻が好きだったバナナを浴槽の底に沈めると、水になった妻は嬉しそうにぬるみます。 そのことが余計に私を寂しくさせま…

海の断章

旅行先で海の欠片を拾った。持ち帰って窓辺に飾ってみた。 窓から風が吹き込むたびに、海のない町の我が家に、潮の香りがひろがっていく。その潮の香りの中にうっすらと、外国の酒の匂いが混じっているときもある。 * 眠るときは海の欠片を枕元まで持ってく…

昔私の幼いある日、母がパートから帰ってくるなり、あんたちょっと背筋を伸ばして、そこにまっすぐに立ちなさいと言った。母の額にはうっすら汗が滲んでいた。私は母の言う通りにした。観たいテレビがあったけど。 母はじっとしてなじっとしてなと繰り返しな…

丘といびつな風

丘の向こうへ食べ物を取りに行った夫は、丘のてっぺんで知らない女と出会い、そのまま丘のてっぺんに家を建て、二人はそこで暮らし始めた。残された私は飢えて死んだ。 二人の建てた家は丘の空気の流れを変え、丘から降りてくる風はいびつな形になった。その…

大人のケンカと高い壁

また大人がケンカした。 それで、昨日まで何もなかった場所に、空まで届く高い高い壁が建てられた。これであいつの町に行けなくなってしまった。 明日はあいつと遊ぶ約束をしてたのに。俺のねえちゃんのおっぱい見せてやるよ、ってあいつ言ってたから楽しみ…

生活

太陽も、風も、雲も、雨も、父も、母も、祖父も、林の片隅に佇む墓に眠る祖母も、気のいい隣人も、嫌味な同僚も、無愛想なバスの運転手も、また恋人も、彼女のよく動く舌も、そのふくよかな乳房も、それから今度生まれてくる子どもも、すべておもちゃなので…

歌声

「歌っていてもいい?」 と彼女は私に尋ねた。私はナイフとフォークを構えたまま頷いた。 白い皿の上に横たわりながら彼女は、小さく口を開いて、私たちが幼い頃に流行っていた外国映画のテーマソングを、私たちがはじめて互いの唇を真剣に見つめたあの頃に流…

雨とごみ袋

ごみ袋の口を縛る前に、もう一度あなたに触れてみた。 あなたの喉はすべすべしていて、僕のささくれた掌の隙間から、甘く懐かしい香りが漂ってきた。 あなたのおっぱいはまだまだ熱くて、僕の冷えた手は火傷しそうだった。 あなたのおなかに手を当ててみると…

針と餅

月面にぽつんと置かれたベッドの上で、入院服の少女が一人ふてくされている。傍らには何重にも宇宙服を重ね着した男たちがいて、少女に太い注射を打っている。少女は帰りたいと駄々をこねるが、男たちは黙ってロケットに乗りこみ、地球へと戻っていく。その…

肌の塊

(夕暮の団地。一棟のマンションの五階の廊下を、スーツ姿の初老の「男」がとぼとぼ歩いている。) (丸まった背中。手には通勤鞄。先のほつれたネクタイ。) (男は廊下の隅の部屋の前に立ち、インターホンを押す。) (すぐにドアが薄く開き、チェーンの繋…

花と影

好きな人が浴衣姿で知らない男と手をつないでいた。 僕は川沿いのどぶ臭い道をとぼとぼ帰った。 湿った畳のいつもの部屋はいつもより空っぽで寒かった。 ああ。 うつむいて彼女のことを考えているとお腹の芯が痺れてきた。 くるしくなってズボンを脱いだ。 …

古傷と桃缶

真夜中まで残業していたとき、電卓のキーを叩いた拍子に、厚紙を折り曲げたときのような感触とともに、人差し指の先っぽが、折れてちぎれてしまった。 セロハンテープを何重にも巻いて、きちんと補修してはいるのだが、何だか最近、壊れやすい。 そこで、指…

ほどける指と象の絵

体が指先から 少しずつほどけて 青白い糸になっていく。 それを見つめて 薬を飲んで 日がな一日 私はとても退屈だ。お医者さんは 私の部屋に誰も 近づけない。 ある日ふと思い立ち 少しずつ ほどけていく指先を 唾で湿らせて 細くまとめて その先っぽに イン…

大砲と寝癖

丘の上に大砲が幾本も据え付けられている。 砲手は忙しく働き、丘の先の村では、人が泣き、あちこちに火の手が上がっている。 それぞれの砲手の傍には、幼い爆弾たちがきちんと整列し、発射のときを待っている。幼い爆弾たちは各々、ピカピカのスーツやドレ…

箱とボーナス

僕の恋人は、世界征服をたくらむ悪の組織に勤めている。 ある日彼女の部屋に行くと、マジックで「仕送り」と書かれた段ボール箱があった。中には、正義のヒーローの首が六つ、入っていた。 彼女に聞くと、組織に一つ首を献上するごとに、特別手当てが出るそ…

薔薇と心臓の日

よく晴れた午後、医者が写真を見せてくれた。 私の心臓に、薔薇が蔦を絡ませていた。瑞々しい棘が小さな心臓に、いくつもいくつもいくつも食い込んでいた。 何も言えないので何も言わないでいると、医者も何も言えないと見えて、何も言わないで去っていった…

月と夕餉

逃げ遅れた私の一人ぼっちの夕餉を、窓の外遥か遠く、真ん丸の月が黄色く汚い歯を剥いてあざ笑っている。夜空の星が見えないくらいたくさんのロケットが、次々と宇宙へとび出していく。 私は月から目を逸らし、スプーンを手に取る。テーブルの上のスープが優…

繁殖と殺菌

レトルトの青空を温めていたら、漂う春のにおいに誘われて、痩せっぽちの芋虫が、窓の外にやってきた。 芋虫は懇願するような目つきで、窓をこつこつと頭で叩いた。中に入れてほしいらしい。ちょっとかわいそうにも思ったが、窓を開けて、部屋に腐った空気が…

海と歯車

春の日の明け方に、街に面した大きな海が、しんとして凪いでいた。 海に潜って調べてみたら、海を動かす歯車にくらげが挟まり死んでいた。 くらげをペンチで引っ張り出すと、歯車はゆっくり動き出し、海のあちこちに波が萌え、魚も鳥もほっとしていた。 海か…

水と樹

しんと澄んだコップの水面に、大きな樹が映っていた。 私は指先でこつりと、コップをつついた。 しんとした水面が、音もなく揺れた。水面に映った大きな樹も揺れ、色濃く繁った葉の間から、小さな鳥がとび出した。 するととつぜんコップの底から、鋭い銃声が…

めだま(ひとりとひとり)

おなかにあるおおきなめだまが、なぜだかはらはらないていた。 なだめてもしかっても、おおきなめだまは、なくのをやめなかった。おかげで、かったばかりのしゃつが、びしょびしょにぬれてしまった。 わたしにはこういうことをそうだんできるともだちがいな…

弾けた象と甘い星

夜空から星を盗んでしまった。丸くて柔らかい星だった。姉に見せた。それは甘い星だと言われた。 姉が紅茶を淹れてくれた。星が一つ消えた夜空を見ながら、手の中の星をかじった。確かに甘い味がした。目をこらすと、星の上で寝ていた、象のような生き物が、…

三日月と旅立ち

宿題を片付けながら、ふと窓の外を見ると、夜空に三日月が浮かんでいた。 しばらく眺めていたら、三日月の先っぽに何かがひらひら、はためいているのが見えた。目をこらすとそれは、昨日隣のクラスの渡辺君に貸した、僕の体操着だった。 そういえば今日渡辺…

骨と剥製

外国で暮らす友人から、巨大な獣の剥製が届いた。 剥製には手紙が添えられていて「実はこの獣に食べられてしまいそうなので、私ごと剥製にしてもらうことにしました。かしこ。」と書かれてあった。それは確かに友人の字だった。唐突に外国で暮らしはじめた友…

丘と綿毛

小さな部屋の、白いベッドに、目覚めない男が寝ている。春の丘をはめこんだ窓は目いっぱい開かれ、薄いカーテンが風を孕んでいる。 目覚めない男の傍らに、色白の女が座って果物を剥いている。女は剥き終えた果物を小さく切り分け、目覚めない男の口元へ差し…

ベルトコンベアと笑顔の欠片

バスを乗り継いで職場につくと、私は衝立で仕切られた無数のブースの中から、私の名札がぶら下げられた椅子に座る。目の前には色紙ほどの大きさの鏡があって、足元にはベルトコンベアが流れている。 仕事が始まる時間まで、私は鏡を磨くことにしている。他の…

海と生贄

今年の生贄に選ばれたのは僕の母だったので、二人で海を見に行った。 言葉もなく、僕らはじっと海を見ていた。どこかの家から途切れ途切れの、野球中継の音が聞こえていた。僕はぼんやりそれを聞きながら、隣の母を見た。右と左で大きさの違う母の目に、カモ…

骨とはつ恋

台所に飾られている首の長い花瓶には、何のものかわからない尖った一本の骨が活けられている。 骨は母が活けたもので、骨はかすかに桃色がかっていて、骨は母と仲が良い。 母は家事が一段落すると、骨と指先で戯れる。花瓶のガラスの曲線に沿って骨は、キン…

月とアルミ

缶詰を開けると、中は小さな海で、やせっぽちの小娘が、水面に浮かんで、異国の歌を口ずさんでいた。深い緑の瞳には、まんまるの月が映っていた。 小娘はどこまでも流されていくようだった。しばらく見つめているうちに、なぜだかとつぜんいたたまれなくなっ…

心臓と石

私の恋人の心臓は、恋人が死ぬと、質のいい石になるらしい。 だから彼女が死んだあと、石になった心臓が取り出され、万年筆の軸に加工されることが決まっている。 そろそろ彼女にプロポーズしたいが、驚かせて彼女の心臓が止まったりしたらと思うと、思わず…

鉄とこゆび

空にちいさな縫い目があって、ほどいてみたら、ちいさな爆弾が落ちてきた。 少しおさかなに似たその爆弾は、私の足のこゆびにぶつかって、丘を転がり海へ向かった。 足のこゆびは、ぷっくり腫れた。

蝶と蜂

家具のない真四角の部屋があり、床には無数の卵の殻が散らばっている。その中に埋もれるように、白いパジャマの少女が眠っている。部屋の窓は曇り、扉には苔が生えている。どちらももう何年も開かれていない。 少女の寝息の隙間を縫うように、部屋の外から、…

雨と唇

少女を描いた絵がある。どこにいるのか、真っ黒な布の前で澄ましてポーズを取っている。 美しい髪や紅色の頬を褒めると、次の日少女は微笑んでいる。 生意気そうな唇や左右で大きさの違う瞳をからかうと、次の日少女は私を睨んでいる。 少女と話すとき、部屋…

距離と梯子

ある晩、おじいさんになったT君がやってきて、梯子を貸してくれと頼まれた。お安い御用だと、彼の家まで梯子を運ぶと、T君は梯子に昇り、夜空に浮かぶ真ん丸の月に、若くして死んだ彼の奥さんの帽子をかぶせた。 梯子を降りたT君は、「俺が持ってても仕方な…

日々と裂け目

町で一番高い丘で、野良猫に餌をやっていると、刑務所の建物が見えた。 目をこらすと、隅の独房に少女が見える。少女は牢の蛍光灯の光に包まれて、ひねくれたダンスを踊っていた。囚人服の下に青白い肌がちらついて、乳首は尖って輝いていた。 次の日私は野…

鉄と唇

線路の真ん中で寝ていると、彼女がやってきて、私に声をかける。 寝転んだまま、目を開けると、適度に雲をちりばめた、適度に青い空に縁取られた、彼女の顔が、私を覗きこんでいた。 彼女の瞳はひどくけだるく、小さな耳は、言葉に削られてささくれていた。 …

皮膚と風(let it be)

三階建てマンションの屋上に象がいて、飛び降り自殺をしたがっていた。その象の背中の上が、この町で一番高い場所だった。 幼い頃、僕は妹と象の背中にのぼり、遠くの山に、勝手な名前をつけて遊んでいた。 ある日とうとう象は屋上から飛び降りて、僕らの遊…

夜と鏡

夜、ふいに目が覚めた。 妹の夢を見た。幼い頃に死に別れた妹の夢を見た。もう長い間忘れていたのに、突然そんな夢を見た。 引き出しを開け、奥からアルバムを取り出す。幼い頃の妹と私が並んでにこにこ笑っている。写真を手に取り、眺めているうち、急に涙…