トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。

蝶を逃がす

今朝も悲しい夢で目が覚めた。 深くため息をつき、認めたくなかった言葉を心の中でつぶやく。 やっぱり私たちは合わないみたいだ。 パジャマを脱ぎ、胸を開き、心臓のファスナーを開けると、白く美しい蝶がのろのろと這い出てきた。 何か言いたいのに何も浮…

掌編集・十七「震え、抵抗、魔女と線香花火」

【一.震え】 お母さんが夕飯の支度をしている台所から、包丁をまな板に叩きつける音とともに、短い悲鳴のようなものが聞こえてきた。 あれはやっぱり見間違いじゃなかったんだ。 スーパーから帰ってきたお母さんが手に提げていたビニール袋の中で、何かが手…

相合傘

「私、相合傘で帰るから」とニコニコ笑いながら、彼女はもう何十年も校舎裏に立ち続けている。

掌編集・十四「入れ食い、きっかけ、転校生と綿」

【一.入れ食い】 ご覧になりましたか、あの列車。 すっかり齧り尽くされていましたね。 あの山にトンネルを掘ったのがそもそもの間違いだったんですよ。 私のおばあちゃんが言ってましたもん。 アレはいつも腹を空かせているんだって。 【二.きっかけ】 呑…

掌編集・十三「煙突、口が痛い、虎と下着」

【一.煙突】 友達と遊んだ帰り道、ふと何か嫌な気配を感じて後ろを振り返ると、近所の工場の煙突に大きな喉仏がくっついていて、夕焼け空を飛ぶ鳥の群れをごくごくと飲み込んでいた。 【二.口が痛い】 口の中が痛くて目が覚めた。 どうも口内炎や虫歯とい…

掌編集・十二:壁、十二時、クミコ

【一.壁】 日曜日の昼下がり、4歳になる息子が庭に出て、にこにこ笑いながら家の壁にホースで水をぶちまけていた。 いたずらしちゃダメでしょ、とホースを取り上げると、息子は困ったような顔をしてあっさり引き下がった。 次の日の朝、庭に出て洗濯物を干…

ママと涙

この前、妹が生まれた。 パパはとても喜んでいる。 パパは知らないみたいだ。 この子はパパとママの子どもじゃない。 ママが浮気していたのを私は知っている。 ずいぶん前から、ママの様子が変だった。 家事は全部済んだはずなのに、何かしら理由をつけて夜…

影と休日

人込みの中を一日歩いて帰ってきたら、私の影に細かい傷がたくさんついていた。 休日の街を、みんな笑いながら、手をつないだりして、楽しそうに歩いていたのに、本当はどんな気持ちで歩いていたのだろう。

生きものの記録

のぼり坂を機嫌よく歩いていたら、それまで吹いていた心地の良い風がとつぜん凪いでしまった。 お母さんから渡された買い物のメモを握りしめたまま、不安になって立ち止まる。 耳を澄ますと、坂の上の丘の向こうから、ペンを動かす音が響いてきた。 どうやら…

ファミリーサーカス

私がまだ幼かった頃星を盗んで食べたことがあります 怒ったお月様に追いかけられてよく噛みもせず慌てて飲み込んだもんだから大人になった今でもお腹の中で星は光ったままです だから今まで子どもは何人も出来たけど皆「まぶしい」と言って生まれる前に去っ…

ライクアヴァージン

わざとらしい笑い声が響く団地の片隅で母親がテレビのボリュームを上げた 雲の上でパパが歯磨きしてるという娘のつぶやきをかき消すように

月と葡萄

今日が終わり、今日がまた来る。 ふと見上げた夜空には満月がいくつもいくつも浮かんでまるで葡萄の房のようだ。 また少し狭くなったベッドの中で私が私の指に指を絡ませてくる。 また少し明るくなった月明かりから逃れるように私が私の手から毛布を奪う。

氷と寝癖

寝ているあなたをそっと氷に閉じ込め、ベッドに乗せて窓に立てかけて、午後の陽を浴びながらサンドウィッチを食べる。 少しずつ溶けていくあなたのところへ、飼い猫がやってきて、喉を潤す。 目覚めたときのあなたの驚いた顔を想像して、思わずにやにやして…

額縁とクラゲ

描かれた海がほどけ、水の色を脱いだクラゲが額縁から逃げ出した。 見つからないように私の家を抜け出し、野良猫の追跡をふりきり、海へ行く列車に乗り込んで、今頃はどこかの勤め人の革靴の上で疲れた体を休めているだろう。 * 残された私は空っぽになった…

月とホットケーキ

台所でホットケーキミックスを混ぜていたら、ふいに雨音が途絶えた。朝から降っていた雨が夕方になってようやく止んだらしい。 リビングに行き窓を開けたら、どこからか土のにおいがした。 * たてつけの悪い窓を閉める時、土のにおいに古い思い出を呼び起こ…

にんげんの指にんげんの耳

両目をギョロギョロと動かしながら、じゃあこの問題をナカムラ、と言ってタカハシ先生は乾いた鱗に覆われた指の間からチョークを床に落とし、それを長い舌で拾おうとして、はっと我に返った。 ナカムラさんはそんな先生を意にも介さず、ツカツカと黒板に歩み…

いつも

元の私に着替えてくるから、そこで待ってて、すぐに済むから。 いつものようにそう言って彼女は窓枠に腰かけ、カーテンをさっと引いた。 * ベッドに身を沈めラッコみたいな格好で天井を眺める。 カーテンが目の端で揺れるたびに、紙切れみたいな光の欠片が…

羽根と火の輪

夕暮の児童公園に火の輪が佇んでいる。 もう随分前にサーカスを追い出された、古ぼけた火の輪だ。 ちろちろと切れの悪い小便のような火を身にまとい、かつてその身をくぐらせたライオンや虎の顔を思い出して、ぼんやりと日を潰す。 藤棚の上で火の輪を睨む、…

チョコレートで出来た友達が

チョコレートで出来た友達が軒下で夜を待っている夕暮時野鼠に齧られた鼻の頭を気にしながら君は、チカチカ光りはじめたエッチなお店のネオンを見つめている。 * チョコレートで出来た友達が夜を待ちながら軒下で歌を口ずさんでいる夕暮時君の喉の奥に居座…

ロボットと人間

青のロボットは海底で骨だけになり、魚たちの棲み処である空っぽの頭で、 さざなみの下日々、路傍に打ち捨てられた恋人のことを思い出している。 赤のロボットはバラバラになり、爽やかな風の吹くゴミ捨て場で、 桜の花びらに埋もれながら、六個の瞳で見つめ…

男の手紙が手錠になり、男の声が格子になり、台所の隅で男に抱かれながら、女は雨の朝の卵を茹でている。 * (私の細い肩が、ほどけた髪が、ぼやけた影となり、町外れの川のせせらぎにほつれている。) * 女の窓は男の眼差しだけで、女の世界は男の背中だ…

for no one

家の裏の小川で、叔母さんが苺を洗っている。 叔母さんの四本の腕が、叔母さんのお気に入りのグリーンのセーターとともに、小刻みに動いている。 叔母さんは三本の腕を使って苺を洗い、残りの一本でほつれた髪をかきあげる。 叔母さんの綺麗な顔は、僕の掌に…

Here Comes The Sun ver.2

「作業場」の上に広がる夜空に、金具を動かす乾いた音が響いている。 鉄くさい僕の指には、流れ星を動かす金具が握られている。 誰かが金具で動かしている夜霧が、ひんやりと肌に心地良い。 僕は夜空を見上げ、金具から手を離す。金具は元の位置に戻り始め、…

Girl

照明が焚かれ、遥の肌があらわれ、遥の鼻があらわれ、遥の歯があらわれ、遥の羽があらわれる。 * (客席はめらめらと燃えている。) * ショーが始まり、遥は舞台をぶらぶら歩いていって、はるかの果てに腰を降ろす。 * (客席はしんと静まり返っている。…

抜け殻

部屋の隅に抜け殻を残して、恋人が去ってしまった。 * カサカサの恋人の抜け殻を、そっと壁に立てかけた。 * 夜までぼんやりと空を眺め、爪を切り、そうしたらもうすることがなくなったので、一人布団に潜り、抜け殻を眺めながら眠ることにした。 * 抜け…

Here Comes The Sun

金具を回す乾いた音が空に響いている。 私が金具から手を離すと、空の雲がゆっくりと動き出す。 去っていく雲を目で追っているうちに、私のまぶたは重くなり、眠気が全身に忍び寄ってくる。 金具を回す乾いた音が遠くで響いている。 金具を回す乾いた音がや…

穴と秘密(fixing a hole)

もしもお薬で治らなかったら、この穴は、お人形の隠れ家にするの。

砂と尾

夕方の動物園で、機械仕掛けの象が、水のみ場の傍に座り込んでいる。 どこからか飛んできた雀が、水のみ場の水を飲んでいる。 機械仕掛けの象は水を飲まない。喉から全身が錆びていってしまうから、水は飲むなと飼育員に厳しく言われているからだ。 機械仕掛…

ホテル

薄着をした女が、ホテルの廊下を歩いている。 女は一つのドアを開ける。 薄暗い照明の下のベッドに、人のかたちをした石が腰かけている。 女は石を抱きしめる。 石が崩れて隙間から枯れた花が顔を覗かせる。 女は丁寧に花を抜き取り、枕の上に横たえる。 女…

星と蛇口

宇宙服を着たツアーガイドの女が、目の前を漂うビーチボールくらいの惑星を掴み、蛇口を取り付ける。 宇宙服を着た私たちが、コップをあてがい、栓をひねると、綺麗な青の液体が注がれる。 星の生き物たちが干からびて死んでいくのを眺めながら、ちびちびと…