超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

スイカ

 帰宅して、玄関のドアを開けると、頬を赤く染めたオスのカブトムシが一匹飛び出してきて、そのままぶぶぶと夜の闇の中に消えていった。「おかえりなさい」と出迎えてくれた妻は口元を手で拭いながら出てきて、台所の三角コーナーの中には赤いところをすっかり食べ尽くされたスイカの皮が一つ、捨てられていた。妻が誘ってあのカブトムシといっしょにスイカを食べたのかもしれない、と思った。夜、ベッドに入った後、妻の背中を見ながら、スイカを食べている時、カブトムシのツノが鼻に刺さって邪魔じゃなかったか、と訊いてみたかったのだが、明らかに寝たふりをしている妻の背中を見ていたら、何だか訊く気が失せてしまった。今年の夏の、ささやかな思い出。