超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2023-05-01から1ヶ月間の記事一覧

ビンタ

妹の両頬に「はい」「いいえ」とマジックで書かれていて母が「いいえ」をビンタしながら泣いている

ぐにゃぐにゃ

湯船の湯の中で光の屈折でぐにゃぐにゃに曲がっている腕を面白がって見ていたが 風呂から上がってもそのぐにゃぐにゃが元に戻らない

晴れ

明日を晴れにするために人を一人殺めたてるてる坊主が 血を洗い流す雨を願っている

飲み込まれた鯨の腹の中に電話ボックスがあったが その中でずっと老人がどこかに長電話しているので ぼくは溶けてしまう前に家族と話せないかもしれない

ラブレター

彼からもらったラブレターの「好」という字にうっすら産毛が生えている

旅人

ぼくの名前が書かれた雲が大雨を降らせていたと旅人が教えてくれた

雨の神様が左腕をギプスで吊っている今年の梅雨

注意書き

その図書館の演劇関係の本のコーナーには 館長の幽霊と議論しないでください との注意書きが貼られている

影を食う人々に言わせると 人殺しの影は腹に溜まるそうだ

最後に白い薔薇の花びらが数枚落ちてきて その年の大雪は止んだ

ソフトクリーム

ソフトクリームを売っていたら 目に涙を溜めたおじさんがやってきて 禿げ頭のてっぺんに直接ソフトクリームを出してくれと言う

肥満児

肥満児たちをぎっしり乗せたロケットが宇宙へ飛び立った数か月後 地球はひき肉に包まれた

強い

その母子は強い親子薬を飲むことでかろうじて親子になっている

逃げる

街路樹や電柱をなぎ倒しながら追いかけてくるラブホテルから全裸の男女が逃げ回っている

羽根ペン

巨大な羽根ペンが空から現れて 火葬場の煙突の中に先端をちょっと浸し 黒い何かを付けて そのまま空に消えていった

教官

クランクとS字カーブの教習で何度注意されても車体が揺れて教官が膝に置いている生首が転がり落ちてしまう

ニキビ

私たちの星は宇宙のニキビだと判明した直後 空の彼方からゆっくりとクリームのにおいが近づいてくる

寝言

偽金魚すくいですくってきた偽金魚の歯ぎしりと寝言がうるさくて眠れないので明日捨ててこようと思う

ドーナツ

電車を揚げている時にふと吊り革が目に入り電車じゃなくてドーナツが食べたくなってきて困った

幽霊

頭がこんがらがった幽霊がとりあえず自分の墓を拝んでいる夕暮れ

三角コーナー

放置された三角コーナーの中に銀河が出来上がっている

ある夜広場に一億枚の鏡が集まって月を閉じこめてしまう計画の相談を始めた

賭ける

賭場に来て金をむしり取られた熊のぬいぐるみがとうとう自分の中の綿を賭けると言い出した

タクシー

神社の鳥居の前に停まっていたタクシーが誰もいないのにドアを開け誰もいないのにドアを閉めて走り去った

ふらりと入ったラーメン屋の親爺の首に首輪がついていてその首輪から伸びている鎖が親爺の背後の寸胴鍋の中に繋がっている

ピアノ曲

そのピアノ曲は演奏者が手錠をはめられていることを前提に作られている

おろし金

交差点の真ん中でおじさんが自分の頭におろし金をこすりつけていておじさんの粉が風に吹かれて散っているけど誰も気にしない

終電車の餌は人間のため息なのよ

戒名

その冷蔵庫の戒名には「熱」という字が入れられている

ヤニ

ヤニで汚れた巣に一枚の蝶の写真を飾っている蜘蛛