超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

きらきら

 あたまのなかが、あのひとのかおでいっぱいだったので、ぬいばりをもったままふとんへはいり、ゆめのなかでひとつひとつわっていくことにした。ゆめのなかはあんのじょうあのひとのかおでいっぱいで、わらったかお……ないたかお……おこったかお……こまったかお……こまらされたときのかお……ひとつひとつはりをさして、ようしゃなくパンパンとわっていく。われるときにおもいでのかけらみたいなものが、こなのようにふわっととびだすので、それをすってしまうともともこもないようなきがして、ずっとかたてではなをつまんでいた。やがてゆめのなかは、しぼんだあのひとのかおでいっぱいになり、さいごにのこったのは、あのひとのさいごのかおだった。わたしをもうすきじゃなかったときのかおだった。ゆっくりはりをさすと、しゅぶ、とへんなおととともにかおはしぼみ、こなじょうのおもいでをなかにのこしたまま、わたしのてのなかにおちてきた。わたしをもうすきじゃなかったときのかお。そのかおも、わたしはすきだったんだ。くちゃくちゃにまるめて、おもいきりじめんにたたきつけたしゅんかん、めがさめた。ないていた。はなみずがたれていた。てのひらに、なにかきらきらしたものがくっついていた。

おめかし

 雲をシャツに、鳥の影を蝶ネクタイにして、やけにめかしこんだ太陽が、いつもより赤い顔で、いつもより早い時間に、地平線の向こうへ沈んでいった。どんなわくわくする集まりがあるのか知らないが、明日の朝寝坊するなんてことはないようにしてほしい。かわりにいつもより早い時間に現れた月は、ふくれっ面で街を見下ろしていた。

威厳

 とある動物園の近くにあるコンビニに立ち寄ったところ、レジスターのひきだしにライオンのたてがみがぎゅうぎゅうに詰め込まれているのを見かけた。「何?」店員に訊くと、「アイス一本分足りなかったんですよ」という答えが返ってきた。早速動物園に行き、ライオンの檻を見に行ってみると、たてがみのないライオンの中に、しきりに自分の手をぺろぺろぺろぺろ、名残惜しげに舐めている一頭を見つけた。たぶんあいつだ。こう暑くちゃあなあ、オスの威厳よりアイスだよねえ。

出世

 何時間寝たかわからない。ふと目が覚める。部屋で寝ていたはずなのに、目の前には青空が広がっている。どうしたことだ。寝返りを打とうとするが、金縛りに遭ったように体が動かない。どうしたことだ。どうにかこうにか右腕をぐっと上げると、メキメキ、という感覚とともに、鳥たちが一斉に羽ばたく音が聞こえてきた。鳥?目だけ動かして自分の体を見やる。寝間着を着ていたはずだが、体全体が鬱蒼とした木々に覆われていた。ははあ、どうやら、寝ている間に俺は山になってしまったらしい。そうとわかれば話は早い。迷惑をかけないように眠り続けよう。昨日まで無職だったのが今日から山か。大出世だな。

ぼこぼこ

 夕暮れ時。一人、部屋でぼんやりと壁を眺めている。壁に伸びる俺の影。夕日を浴びて無駄に長く伸びている俺の影。にゆっくり手を伸ばし、少しずつちぎっては、口に放り込み、それを酒であおる。影をちぎっては酒を呑み、ちぎっては酒を呑む。夕暮れ時という一日で一番濃い時間に対して、他にできることが何もないのだ。影をちぎっては酒を呑む。噛んでも噛んでも味がしないのは、俺がダメな人間だからか。ちぎっては呑み、ちぎっては呑み。やがてぼこぼこになった影を癒すように、夜の闇がゆっくりと部屋を満たしていく。ぬるい畳に寝転がり、明日なんか来なければいいのにと心から願う。