超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

七つの子

 夕暮れの公園、ベンチに座る品のいい紳士と、傍らに置かれた黒い大きな鞄。遠くからは子どもらの遊ぶ声が聞こえる。そしてそれを見守る女たち。女たちは子どもらを眺めながら、時折、危ないわよ、とか、仲良く遊びなさい、と声をかけつつニコニコ笑っている。と、ふいに公園のスピーカーから「七つの子」が流れ出す。夕方五時を告げる「七つの子」だ。ベンチにいた紳士が立ち上がりパンパン、と手を叩く。と、夢中で遊んでいた子どもらが一斉に紳士のもとへ駆け寄り、順番に黒い鞄の中へ入っていく。女たちに向かってじゃあね、またね、などと声をかけながら、鞄の中へ吸い込まれていく。紳士はすべての子どもが鞄の中におさまったことを確認すると、女たちに、お気をつけてお帰りください、と頭を下げる。女たちは口元にさびしい笑みを浮かべつつ、また明日楽しみにしています、と頭を下げ返す。紳士は鞄とともに公園から去っていき、あとには子のない女たちだけが残される。「七つの子」の余韻をその耳の奥で持て余しながら。

寝返り

 満月の夜、彼女の耳は、魚のえらになる。ぼくは彼女を風呂場へ連れていき、浴槽の中のぬるい水に沈める。少し苦しそうだった彼女の寝顔が、すうっと笑顔に変わる。ぼくにはその瞬間が、うれしくて寂しい。満月の夜、彼女は水の中でほんとうの彼女に戻る。ぼくは寝室へ戻り、乾いたシーツの上で大きく寝返りを打つ。満月の夜、ぼくらは同じ屋根の下で、ひとりきりになる。

 観光名所の寺院の入り口で、俺だけ止められた。

「あなたは近いうちに人殺しになるから、ここには入らないでください」
 ツアーガイドは顔を引きつらせて、坊さんの言葉をそう訳した。

 俺は黙って、地元の不味い煙草を吸いながら、みんなの帰りを待っていた。
 近いうち。今日なのか、明日なのか。そんなことを考えていた。

 やがて寺院から低く、分厚い歌声が響いてきた。
 なぜか足の親指がむずむずした。

 野良犬が何匹も俺の前を横切っていった。
 みんな痩せていた。

地獄

 今日は時間とお金に余裕があったので、地下鉄を乗り継いで地獄へ行った。半年前に死んだじいさんがいるだろう、と思って見回してみたが、それらしい亡者はいなかった。あんな強欲なじいさんが地獄に落ちていないなんてちょっとおかしいぞと思った。家に帰って何気なく靴の裏を見ると、みぞに、骨の欠片みたいな細かい白い物がいっぱい挟まっていた。