押入を整理していたら、古いトランプが出てきた。昔はこれでよく遊んだものだ。懐かしい気分になり、カードを箱から取り出して何となく切っていると、一枚のカードが手の中からぴょんと飛び出してゴミ箱に飛び込んでしまった。そんなに激しい切り方したかな。驚きつつゴミ箱の中を覗くと、ジョーカーのカードに描かれたピエロが、青い顔で酔い止めの薬を飲んでいた。
好き嫌い
あなたの部屋の上の部屋で男が殺されたんです。若い警察官はそう言った。
けれど死体が見つからないんです何か知りませんか。若い警察官はそうぼやいた。
さあ。
そうですか。
それから一週間ほど経った頃、私の部屋の天井に、その殺されたという男らしい顔が染み出てきて、とうとう滴になって垂れてきた、ので、バケツに溜めることにした。全部溜まったらあの警察官のところへ持っていってやろうと思っている。バケツに半分ほど溜まってきた最近では、バケツを震わせて感情らしきものを表すようになってきた。特にトマト料理を作っている時、バケツは激しくガタガタと揺れる。トマトが好きだから揺れるのか、それとも嫌いだから揺れるのか、もう少しバケツに男が溜まったら、ちゃんと訊いてみたいと思っている。
涼しい風
気がつくと、消しゴムくらいの大きさになっていた。
窓辺に腰かけて、口笛をふいていた。
蝶が一匹、目の前を通り過ぎていった。
真っ白な羽が優雅に動くたび、全身にすずしい風を感じた。
*
気がつくと、電信柱くらいの大きさになっていた。
公園の真ん中に突っ立って、夕日を見ていた。
カラスが一羽、頭の上にとまってカーカー鳴いていた。
鳴き飽きたカラスが飛び立ったとき、つむじに涼しい風を感じた。
*
気がつくと、元の大きさに戻っていた。
病院のベッドの中で、おばあちゃんの手をにぎっていた。
おばあちゃんは窓の外を見ながら、静かにぼくをうちわであおいでいた。
ぼくが目を覚ましたのを見て、おばあちゃんは誰かを呼びに行った。
涼しい風はやんでしまった。