超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

夏祭り

 仕事帰りにいつもの裏路地を歩いていたら、どこからか祭り囃子が聞こえてきた。音の方に目をやるとほのかに明るい。今年もこの季節がやってきたのか、と思い光を目指して歩いていくと、思った通り、「夏祭り」と書かれた自動販売機が設置されていた。小銭を取り出し、綿あめと焼きそばと金魚のセットを買う。家に帰ってテレビを点ければ、どこかのチャンネルが打ち上げ花火の映像を流しているだろう。それを眺めながら綿あめをちぎり、焼きそばをすすり、金魚を愛でる。綿あめは固いし、焼きそばは不味いし、金魚はどうせすぐ死ぬのだが、そうしていると「今年も夏が来たなぁ」としみじみ感じるのだ。本物の夏祭りにはもう200年以上行っていない。

銀紙

 ガムを噛んでいたら、口の中から頭へ伝わる、くちゃくちゃという音が、味がなくなるにつれて、ギシギシという嫌な音に変わってきた。まるで古い学校のかびた廊下を誰かがゆっくり歩いてくるのを聞いているような、不安な音だった。そのうちに、その音が何だか少しずつ大きくなってくるような気がしてきた。まったく嫌な気持ちになって、包み紙を開いてそこへガムを吐き出し、ふと顔を上げると、すぐ傍に、さっきの廊下を歩いてきたらしい年老いた男が、悲しそうな顔で突っ立っていた。

第二幕

 昨夜の残りのカレーを食べようと鍋の蓋を開けると、鍋の中から青白い顔の女が恨めし気に私をじっと睨みつけていた。
 時計を見ると午後一時半。
 お昼時、カレー鍋、青白い女。
 たぶん何か間違ったのだろうと思い、気づかなかったふりをして蓋を閉めた。

 その日の夜、誰かの泣き声が聞こえた気がして、ふと目が覚めた。
 寝汗をかいていたので洗面所に行き、顔を洗って目を上げると、目の前の鏡の中から青白い顔の女が恨めし気に私をじっと睨みつけていた。
 時計を見ると午前二時。
 丑三つ時、鏡の中、青白い女。
 安心して悲鳴を上げた。女もほっとしているようだった。

怒号

「絶対に入らないでください」
 そう釘を刺された分娩室から、妻の苦しそうな叫び声とともに、
「絶対に出すな」
 という医者の怒号が聞こえてきた。

 何だか大変なことになっている。
 居ても立っても居られず、少しでも様子を見ようと長椅子から立ち上がった時、ふと気づいた。

「出すな」
 って、どこから?