超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

ベイビー、ユーアーリッチマン

 偶然通りかかった自販機のガラスケースの中には、女の首が一つ納められていた。
 首の下にはコインを入れる穴と、何も書かれていない大きなボタンがあるだけだった。
 財布の中にあった小銭をすべて入れ、ボタンを押すと、女の首がガラス越しに小さく笑った。
 家に帰ると、玄関のドアに、女の脚が一本立てかけられていた。

ハンプティ・ダンプティ

 そんなに急いで、たくさん食べなくてもいいのに、と彼女は呆れたように俺に言う。
 俺もそう思う。
 けれど、彼女が砂糖菓子に戻ってしまう前にお腹を一杯にしておかないと、えらいことになってしまうのだ。
 幸い、彼女はまだ自分の背中の一部がかじり取られていることに気付いていない。
 二か月前、あの妙な気持ちの中で、咄嗟に彼女自身が触ったり見たりできないような場所を選んだ俺の判断も素晴らしかったと思う。
 そんなことを考えていたらジャガイモを喉に詰まらせてしまった。
 目を白黒させて胸を叩く俺に、彼女が慌てて水を持ってきてくれる。
 心配そうに俺の顔をのぞき込む彼女から、甘い香りが漂ってきた。
 たぶん、香水かシャンプーだ。
 たぶん、そうだ。
 俺は自分に言い聞かせ、再びフォークを掴む。

鯨とイソギンチャク

 胸に造花を飾った鯨が体育館をゆっくり泳ぎ回りながら、低く張りのある声で堂々と送辞を述べている。
 体育館には卒業生たちのすすり泣く声が聞こえ始め、やがて鯨の目からこぼれた涙とともに、万雷の拍手が響き渡る。
 その音を遠くに聞きながら、イソギンチャクは保健室のベッドに腰かけ、すっかり萎びた触手をわずかに動かして、小さな小さな拍手を送る。

愛妻弁当

 昨日の夜、大喧嘩をした嫁が、今朝何事もなかったかのように弁当を手渡してきた。
 その日は午前中から仕事が立て込み、いつもより昼飯の時間がだいぶ遅れてしまった。
 ようやく休憩時間になり、鞄から弁当箱を取り出すと、弁当箱の底を突き破って、細かな棘のついた植物の根がうごめいていた。