超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

酔いと呪い

 そいつが死んだ時、一番の下っ端だった俺の耳の穴の中に、そいつの死体を埋めることになった。
 アル中だったそいつは、死体になっても酒瓶を握りしめて離さなかったので、仕方なくそのまま埋めたのだが、それ以来寝返りをうつたびに、瓶に残った酒が俺の頭の中にちょろちょろと流れてくる。
 俺がいつも酔っているのはそのせいなんだ。
 あの馬鹿。

Here Comes The Sun

 金具を回す乾いた音が空に響いている。
 私が金具から手を離すと、空の雲がゆっくりと動き出す。
 去っていく雲を目で追っているうちに、私のまぶたは重くなり、眠気が全身に忍び寄ってくる。
 金具を回す乾いた音が遠くで響いている。

 金具を回す乾いた音がやむと、私のまぶたがゆっくりと開く。
 そして私はかすかに痺れる指で、目の前の金具を握る。

砂と尾

 夕方の動物園で、機械仕掛けの象が、水のみ場の傍に座り込んでいる。
 どこからか飛んできた雀が、水のみ場の水を飲んでいる。
 機械仕掛けの象は水を飲まない。喉から全身が錆びていってしまうから、水は飲むなと飼育員に厳しく言われているからだ。

 機械仕掛けの象は空を見上げる。首の間接がギリギリと軋む。
 もうすぐ閉園の音楽が鳴り、飼育員がネジを巻きに来る。
 明日一日を生きるためのネジだ。

 水のみ場にいた雀がふいに飛び立ち、機械仕掛けの象の尻にとまる。
 雀は機械仕掛けの象をからかうように堅い尻をつつく。
 尾を振って追い払いたいが、あちこちに砂が詰まっていて、尾が動かせない。雀はそのことを知っている。

 雀の小さなくちばしで、機械仕掛けの象の肌は少しずつほころんでいく。
 象舎に通じる扉が開き、飼育員が現れる。
 機械仕掛けの象は彼の姿を見つめながら、彼を踏み潰すところを想像している。

 ネジを巻く音が夕方の動物園のあちこちからきこえはじめる。

ホテル

 薄着をした女が、ホテルの廊下を歩いている。

 女は一つのドアを開ける。
 薄暗い照明の下のベッドに、人のかたちをした石が腰かけている。
 女は石を抱きしめる。

 石が崩れて隙間から枯れた花が顔を覗かせる。
 女は丁寧に花を抜き取り、枕の上に横たえる。

 女は深く息をして、部屋の電気を消し、後ろ手にドアを閉めて廊下に出る。
 女は抱きしめた時に口に入った砂利を指先で探りながら、次のドアを目指して廊下を歩く。

雲と飛行機

 腐った雲が夏空を流れていく。

 石鹸のマークがついた飛行機が、それを追いかけていく。

 団地のお母さんたちが一斉にベランダに出てきて、慌てて洗濯物を取り込む。

 腐った雲は夏空をどこまでも流れていく。