超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

いわし

 ある午後のことだった。私の娘が庭でしゃぼん玉を吹いて遊んでいた。庭を囲むブロック塀の上では野良猫が一匹、丸くなって眠っていた。そこへふいに強い風が吹いた。ひときわ大きなしゃぼん玉がストローを離れると、風にあおられて野良猫の方へ飛んでいった。ぶつかって割れるだろう、と思ったが、しゃぼん玉は割れず、寝ている野良猫をすっぽりと包み込んで、そのままふわふわと空高く飛んでいった。ぽかんとした顔でそれを見送る私と娘だった。野良猫は眠ったままだった。空の上で目を覚ましたらさぞびっくりするだろう、何だか悪いことをした、と思った。


 ある秋の日のことだった。庭に出てふと空を見上げると、そこにいわし雲が浮かんでいた。しかしよく見るといわし雲のあちこちにかじられた跡が残されている。ああ、あの猫か、案外元気でやっているようだ。