超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

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 夕方、部屋でくつろいでいると、家のチャイムが鳴った。出てみると、マンションの隣の部屋に住んでいるおばさんだった。
「何でしょう?」
「すいません、ちょっと静かにしてもらえますか?」
「あ、ごめんなさい……テレビ、うるさかったですか?」
「いえ、テレビじゃなくて、お子さんの声がね」
「お子さん?」
「子どものことだからある程度は仕方ないと思ってきましたけど、最近急に騒がしくなってきたでしょう?周りの部屋のことも考えてくださいね」
 前に挨拶に行った時にはとても温厚なおばさんだったのに、その時からは想像もできないほど怖い顔をしている。しかし、それよりももっと気になることがあった。
「あの、私、一人暮らしですけど……」
「え?」
 おばさんは困惑した表情になり、「でも、確かに、こっちの部屋から……」と続けた。
「上とか、下の部屋ですかね?」
「……で、でも、すぐ近くで聞こえるんですよ……?」
 そう言って怪訝そうにマンションの廊下を見上げたおばさんの横顔を見た瞬間、何か違和感を覚えた。
「……あの、すいません」
「はい?」
「耳、ちょっと、見せてくれませんか」
「……耳?……はあ、どうぞ」
 おばさんの耳をよく見ると、耳の穴が何か栓のようなもので塞がれており、さらにこめかみの辺りには、おばさんのものではない名前の表札が取り付けられていた。
「耳がどうかしましたか?」
「あの、これって……」
 そう言いかけた私の鼻先を、おばさんの耳から漂ってくるカレーの匂いがくすぐった。