超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

さんぽ道

盗まれた花や人形たちが、
さんぽ道を縁取るように立ち尽くしている。
縫い目のほどけたサルやクマたちは二階の窓に腰かけ、
囁くように彼女たちを罵っている。

森をつらぬくさんぽ道は、
毛糸の髪の毛を朝露で湿らし、
燃えるような夕焼けの赤は、
フェルト地の頬に化粧をほどこして今日も満足顔だ。

(とってもいい子なの
今の娘たちは。
トイレも歯磨きも必要ないし、
胸は永遠に膨らまないし……。)

夜が訪れるとさんぽ道はむしろ饒舌になり、
酔った狼は人形の脛にかじりついて月に頭を砕かれる。

good morning, good morning

 明け方頃の町の空に、大きな子どもが寝そべって、眠たげな顔で面倒くさそうに、傍らに置いた藤の籠から、スズメを一掴み二掴み、町の電線にばら撒いていた。
 スズメたちはどれも標本みたいに、ピクリとも動かなかったが、電線にばら撒かれた彼ら彼女らは、上下も左右もバラバラで、何だかちょっと不憫だった。

 大きな子どもが籠を逆さにして、伸びやかなあくびを一つした時、どこからか大きな母親がやってきて、彼の頭を引っぱたいた。
 大きな子どもは泣きじゃくりながら、何やら母親に抗議していたが、大きな母親は聞き入れず、もう一度子どもを引っぱたいた。
 大きな子どもは観念した様子で、涙を拭いながら、電線のスズメたちの向きを、一つ一つ揃えていった。

 

 ……あれ、
 あの細い指、
 あの長い睫毛、
 あれは幼稚園の時に亡くなった、隣の家の……。

 

 私がそんなことを考えた時、ちょうど町に朝日が昇った。
 大きな母親が慌ててすっ飛んできて、手際よくスズメの向きをパッパと揃えた。
 何となく不満そうな子どもの横で、母親がパチンと指を鳴らした。
 電線のスズメたちが一斉に鳴き出し、二人の姿は町の空に溶けるように消えてしまった。

ロボットと人間

 青のロボットは海底で骨だけになり、魚たちの棲み処である空っぽの頭で、
 さざなみの下日々、路傍に打ち捨てられた恋人のことを思い出している。
 赤のロボットはバラバラになり、爽やかな風の吹くゴミ捨て場で、
 桜の花びらに埋もれながら、六個の瞳で見つめ合った恋人のことを思い出している。

 どこか遠くで人間の、女がむせび泣いている。
 エイが翼をはためかせ、天使のように通りすぎる。
 どこか遠くで人間の、男が受話器を叩きつける。
 叡智の光のまっすぐな道を、ゴミ収集車がやってくる。

舞台用台本「夏のコント」

(夏。夕方。非常に暑い午後の空気が少し落ち着いてきた頃。アパートの一室。)
(窓にぶら下がった風鈴、中途半端に育ったハーブの鉢植え、化粧品や小物が雑多に置かれたガラスのテーブル……等に囲まれて、一人の若い女(女1)が壁にもたれて、文庫本を読んでいる。)
(……。)
(柔らかい風が吹き、女1の前髪や風鈴をわずかに揺らす。)
(部屋の隅で男が一人正座している。下着以外は何も身に着けていない若い男。)
(男は部屋を見回すようにゆっくりと首を振っている。)
(男は大きく口を開けている。その目はどこも見ていない。)
(柔らかい風が風鈴を鳴らす。)
(風はこの男から発せられている。)
(……。)
(部屋のチャイムが鳴る。)
(女1は本を閉じ、立ち上がって部屋から去る。)
(……。)
(やがてかすかな女の声。)

 

女の声「おじゃまします……」

 

(先ほどとは違う女(女2)が部屋に現れる。)
(女2はおずおずと床に座り、部屋の外にいる女1の様子をそっと窺う。)
(部屋の外からは冷蔵庫を開けたり、グラスに氷を入れたりする音が断片的に聞こえてくる。)
(女2は手で顔を扇いだり、服の胸の部分をつまんで涼を取ろうとするが、ふと動きを止め、女1の様子を窺い、部屋の隅に座る男に近づく。そして男の顔を両手で優しく包みこみ、その首を固定する。)

 

女2「……」

 

(女2、男のおでこにキスをする。風が強くなる。)
(男から発せられる風の心地良さに、女2は安堵の息を漏らす。)
(突然、ドアを閉める音がする。)
(女2は体を強張らせ、部屋の外の様子を窺う。)

 

女2「(独り言)……あ、トイレか……」

 

(女2は男に向き直り、汗ばむ体を風に晒す。)
(ふいに女2と男の目が合う。)
(女2と男、しばらく見つめ合う。)
(女2、男に少しだけ近づく。)

 

女2「……」

 

(トイレを流す音。)
(女2、ハッとして男から手を離し、元の場所に戻る。)
(男、再び首を振り、風を送り続ける。)
(両手に飲み物の入ったグラスを持って女1が戻ってくる。)

 

女1「はい……」

 

(女1、女2の前にグラスを置く。)

 

女2「ごめんね……ありがとう……」

 

(女1、再び壁にもたれて座る。)
(女2、グラスを前に微動だにしないが、やがて女1が自分のグラスに口をつけたのを見て、やっと一口飲み物を飲む。)
(……。)

 

女2「……あ、あの……今日……花火……やるんだってね、大会……花火、大会……」
女1「ふうん……」
女2「こ、ここ来る時に……駅の……あの、あれで……ポスターのあれで……大会があるって、花火の……」
女1「ふうん……」

 

(……。)

 

女1「……それ、どうしたの」
女2「え?」
女1「腕……赤くなってる」

 

(女2、慌てて二の腕を隠す。)

 

女2「あ、これその……わかんない……(消え入りそうな声で)多分、噛んじゃって……」
女1「は?」
女2「か、噛んじゃって……自分で……」
女1「……」
女2「ご、ごめんね……ごめんね……あの、えっと……ちょ、ちょっと……あの……今からお姉ちゃん、変な話、するけど、いい?」
女1「……何?」
女2「ごめん、ごめんね……あ、あの……クミちゃんが、嫌なら、言わない……」
女1「……何?」
女2「あ、あの……今朝、お姉ちゃん、変な夢、見て……あの……知らない家の……洗面所の……鏡の前に、いて……それで、顔、洗おうとしたら、この、に、二の腕、赤くなってるの、気づいて……何だろうと思ってたら、その……か、鏡に映ってる、お姉ちゃんが、その、自分が……お姉ちゃんが、その、お姉ちゃん、こっちのお姉ちゃん、鏡じゃない、ほんとの姉ちゃんに向かって……痛いから、もう噛まないでください……って、泣きながら……お願いしてくるの……」
女1「……」
女2「それで、起きたら、ほんとに……ここ、赤くなってて……もう、消えたけど、歯型みたいのも……残ってて……それで……だから……その、それが、だから、変な話で……お姉ちゃんの……」

 

(……。)

 

女1「……風」
女2「な、何?」
女1「……風、強いから、弱くして。寒い」
女2「あ……」

 

(女2、男を振り向く。)

 

女2「ご、ごめんね、お姉ちゃん、わかんない……弱くするの……」
女1「……」

 

(女1、周りを探る。)

 

女1「あれ……」
女2「な、何?」
女1「そっちに、リモコン、落ちてない?」
女2「リモ……」

 

(女2、自分の周辺や机の下を必死に探す。)

 

女2「ご、ごめんね……無い、みたい……」
女1「あ、そう」
女2「ごめんね……」

 

(女1、立ち上がり男に近づく。)
(女1、男を見下ろしながら、立ったまま男の股の辺りを足でぐりぐりと踏みつける。)
(女2、目を逸らす。)
(風が弱まる。)
(女1、元の場所に戻る。)

 

女2「……」
女1「……それで……」
女2「あ、え?」
女1「いくら、必要なの?」
女2「……」
女1「あといくら残ってる?」
女2「(消え入りそうな声で)……二千円、ちょっと……」
女1「何?」
女2「に、二千円……ちょ……ちょうど、くらい……」
女1「ふうん……」

 

(女1、財布を取り出し、中を覗きながら、)

 

女1「三万くらい渡しとく」
女2「あ、ご……ごめんね……」
女1「足りる?」
女2「た、足りる……全然……うん、お姉ちゃん……あれだから……あんまり、ご飯とか……」

 

(ぶつぶつ言う女2を無視して、女1は財布から札を取り出し、女2の目の前に放り投げるようにして置く。)

 

女2「ごめんね……」
女1「家賃はもう入れてあるから……」
女2「ごめんね……」
女1「光熱費の明細とかは、またうちのポストに入れといて……」
女2「うん……ごめんね……」
女1「……」
女2「……あ、あの……お薬の……」
女1「……あー」

 

(女1、さらに五千円札を取り出して女2の目の前に置く。)

 

女2「こ、こんなに……大丈夫だよ……あの、お薬……そんなに……」
女1「いいよ」
女2「ご、ごめんね……」

 

(……。)
(遠くで花火の音が聞こえる。)

 

女2「あ……」
女1「あ、ほんとだ。花火だ」
女2「(やや明るい調子で)あ、あの、あのね……は、花火……」
女1「……行くの?」
女2「……う、ううん……行かない……」
女1「……」
女2「……は、花火で、思い出したんだけど……」
女1「……何?」
女2「(再び明るい調子で)おも、面白い、夢見たの、こないだ……さっきのみたいなのじゃなくて、面白い……あのね……あの……」
女1「……」
女2「(無理矢理笑顔を作りながら)あのね……どっかのベランダで、夜空を眺めてたのね……そしたら、いきなり、おっきな手がにゅーって、二本、出てきて、夜空をね、こうやって……引きちぎっちゃって……あの、パン……食パン……こう、二つに割るみたいに……」
女1「……」
女2「……そ、そしたらね……その、夜空の、だん、断面? っていうのかな……断面? からね……星がね、ばーって、一杯こぼれ落ちてきてね、それが、あの、ポスター、駅の……あれに、載ってた、ナ、ナイアガラ? っていうのかな……あの、ばーっていう花火そっくりでね……綺麗だったの……で、でもね! あの、あはは、あの、お姉ちゃん、それ見ながらね、もったいないなー、あの、どこかに落ちた星をいっぱい、拾ってきて、それで、あの……お金に換えて、あの、や、家賃とか、払えないかなーって……そ、そんなこと考えてて……あはは……」
女1「……」
女2「……ごめんね……」

 

(いつの間にか外はすっかり暗くなっている。)
(女1、グラスを飲み干し、テーブルにやや強めに置く。)

 

女2「……あ、あの……お姉ちゃん、その……ちゃんと、お仕事、探してるからね……」
女1「(事務的に)いいよ、焦らないで。ゆっくり探せば」
女2「う、うん……で、でもね、お姉ちゃん……あの……す、好きな人……いるから、今……だから、そ、その人のためにも……頑張って、お仕事、探す。……い、今の状況? 状態? だと、お付き合いとかも出来な……うん、難しいから……」
女1「(これまでと違った調子で)……ふうん」
女2「あ、あの! ま、前の人……じゃないよ? 好きな人……」
女1「……」
女2「クミちゃんは……好きな人とか、いないの?」
女1「……」
女2「ク、クミちゃんと、もっと……そういう話……も……したいな……」

 

(女1、立ち上がる。)

 

女2「な、何?」
女1「コンタクト、ずれた」
女2「……あ、あー……」

 

(女1、去る。)

 

女2「……」

 

(女2、男の方を振り向き、しばらく見つめた後、再び両手で顔を包み、そのおでこにキスをする。)
(風が強くなる。)

 

女2「……」

 

(女1、ふいに戻ってくる。)
(二人、目が合う。)
(女2、そのまま固まってしまう。)
(女1、ほとんど嫌悪の表情で女2を見つめている。)

 

女1「……風、戻して」
女2「……」
女1「……やり方、わかるでしょ」
女2「……」

 

(女2、笑顔を作って立ち上がる。)

 

女2「ま、また、来るね……」
女1「……」
女2「……ご、ごめんね……お姉ちゃん、ちょっと……わかんない……」
女1「……」
女2「(女1の言葉を待っているかのような、しかし彼女の言葉をとても恐れているかのような、混乱した表情で)……あの……」
女1「……お姉ちゃん」
女2「な、何?」
女1「……もう来ないで」
女2「……」
女1「お金は、毎週お姉ちゃんの口座に振り込むようにする。家賃と光熱費と薬の分も一緒に入れとくから。だから……もう来ないで」
女2「……」
女1「……私も好きな人、いるんだ。……だから、もう来ないで」

 

(女2の呼吸音が徐々に大きく聞こえてくる。やがてその呼吸音が、男の首の動きとシンクロし始める。)
(ふいに大きな花火が打ち上がる音。かすかな光が部屋の中に舞う。薄闇の中で、男の首だけが動いている。)

 

<了>

 男の手紙が手錠になり、男の声が格子になり、台所の隅で男に抱かれながら、女は雨の朝の卵を茹でている。

(私の細い肩が、ほどけた髪が、ぼやけた影となり、町外れの川のせせらぎにほつれている。)

 女の窓は男の眼差しだけで、女の世界は男の背中だけで、襖の陰でふてくされながら、寄辺ない夜の貝が砂を吐いている。

for no one

 家の裏の小川で、叔母さんが苺を洗っている。
 叔母さんの四本の腕が、叔母さんのお気に入りのグリーンのセーターとともに、小刻みに動いている。
 叔母さんは三本の腕を使って苺を洗い、残りの一本でほつれた髪をかきあげる。
 叔母さんの綺麗な顔は、僕の掌に収まってしまうほど小さくて柔らかい。

 夜の台所で、叔母さんが泣いている。
 叔母さんの四つの肩が、叔母さんのお気に入りの黄色いTシャツの下で、小刻みに震えている。
 叔母さんが昼間洗った苺がガラスの皿に盛られて、叔母さんの前でつやつやに輝いている。
 叔母さんは一本の腕で涙を拭い、一本の腕で苺をつまんで、まるでいけないことをしているみたいに、ゆっくりゆっくりそれを口に運ぶ。
 残りの二本の腕は叔母さんの腿の上で、石のように強張ってじっと動かない。
 僕は何も知らないふりをして、廊下から叔母さんにおやすみなさいと声をかけ、夢の中で叔母さんにいやらしいことをする。