超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

泡と目

 子どもの頃、友人と一緒に近所の夏祭りに行った時、立ち並ぶ屋台の中に金魚すくいがあった。いつもなら通り過ぎるだけだったが、ちょうど生き物に興味を持ちはじめていた私は、何となく屋台の前で立ち止まり、金魚たちの泳いでいる水槽を覗きこんだ。すると、それまでせわしなく泳いでいた金魚たちが、とつぜん動きを止め、私をじっと見つめながら、口からどす黒い紫色の泡をぼごぼごと吐きはじめた。私が戸惑っていると、水槽の向こうに座っていた屋台の親爺が、目だけ動かして私を見上げ、「ああ、きっと、君の家の人たちは、金魚をたくさん殺してきたんだねえ」と言った。そして「ここにいても誰も得しないから、他の屋台に行きなさい」と続けた。私はうつむくことしかできなかった。うつむいたまま踵を返し、祭の会場を後にした。私は友人の引き留める声も無視して、まっすぐ家に帰った。家に帰ると両親や祖父母はいつものようにみんなでテレビを見ていた。「あれ、ずいぶん早かったじゃない」「……あのさ……」「なあに?」「……何でもない」結局、私は何も訊けなかった。今でも毎年、夏祭りの季節になると、あの汚れた色の泡と、屋台の親爺の死んだ魚のような目を思い出す。