超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

ロミオとジュリエット

 夏祭りに行った。屋台で金魚すくいをしていると、桶の端に一匹の小さな金魚がよじ登り、外へ逃げようとしているのに気がついた。屋台のおじさんにそれを伝えると、おじさんは黙って、金魚の視線の先を指さした。
 そこにはたこ焼きの屋台があって、一本の蛸の足が、具材を入れているステンレスの箱から、やはり外へ逃げ出そうとしていた。どうやら金魚も蛸の足も、お互いを目指しているようだった。

ロミオとジュリエット
 屋台のおじさんがふいにつぶやいた。
ロミオとジュリエット?」
 私がそう言うと、
ロミオとジュリエット
 おじさんは頷き、困ったような顔で笑いながら、たこ焼き屋の方を見た。たこ焼き屋のおばさんも、困った顔で金魚を見つめていた。
「若いからねぇ」
 おじさんはつぶやいて、煙草に火を点けた。
「どっちがロミオで、どっちがジュリエットなんですか?」
「さあねぇ。あ、ざーんねん」
 いつの間にかポイが破れていた。おじさんは網で大きな金魚を一匹すくい、ビニール袋に移し替え、
「ありがとうね」
 と言って不味そうに煙草を吸い始めた。

 数時間後、帰り道に同じ屋台の前を通りかかると、暗がりの中に、金魚と蛸の足のシルエットが見えた。近づいて目をこらすと、どちらもすっかり干からびていた。おじさんは相変わらず不味そうに煙草を吸っていた。帰り道、スマホで「ロミオとジュリエット」のWikipediaを調べてみたが、長いので途中で読むのをやめた。