丘の上の公園にある休憩所の屋根の上で、猫が月に向かってにゃあにゃあ鳴いている。何をしていると尋ねると猫は、
「月に歌を覚えさせているんです」
と私の声で答えた。
慌てて声を出そうと腹に力を入れると、金属製の薄いヘラで喉の内側を撫でられているような、妙な感触が通りすぎるだけで、ちっとも声が出せない。猫は構わずに続ける。
「月は私たちの歌を覚えてくれます」
「海から来るので海の歌にしました」
「私は今夜この町を出ますので」
何を言っているのか要領を得ない。猫はしばらくまたにゃあにゃあ鳴いたあと、満足したような顔で屋根から飛び降り、どこかに去っていってしまった。猫が見えなくなると同時に、私の声は元に戻っていた。
次の日同じ場所を通りかかると、やはり休憩所の屋根の上に猫がいた。昨日のより二回りはでかい牛柄の猫で、神妙な顔をして月を見つめている。岩のようなシルエットは微動だにせず、ただ時折耳だけをぴくぴく動かしているところを見ると、何かを聴いているらしい。月に歌を覚えさせているんです。近づいて話しかけようかとも思ったが、野暮な真似はしないことにした。あの猫はきっと、海のにおいがするに違いない。