超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2023-04-01から1ヶ月間の記事一覧

うつろな目

取調室で、うつろな目をしている蛾の前に、様々な誘蛾灯を写した写真を次々と見せていく

環境に優しい

環境に優しい殺虫剤、とのことだったので、早速蟻の巣がある庭に撒くと、カプセルの中から、胡麻粒ほどの大きさの力士たちが出てきて、どすこいどすこい言いながら蟻の巣に突入していった

ナイフ

林檎にしがみついて離れない妖精の首をナイフで、ちょん、と切り、林檎の皮を剥いていく

提灯

東の窓に吊るされた「朝日」と書かれた提灯の光を、永遠に夜が続くこの町の片隅で、ぼんやり見ている

質問

しーっ、やっと疑問符が寝付いたところだから、これ以上質問しないで

犬歯が抜けた後に猫歯が生えてきて、それが抜けた後に蛇歯が生えてきて、今は昆布歯になっている

やだ、今夜の月、値札が付いたままよ

生還

たった一人生き残ったその宇宙飛行士は、兎の形に切られた林檎だけを持って地球に帰ってきた

クレーム

牛乳を一口飲んだ母が、牧場に、「淫らなことを考えている牛がいますよ」とクレームの電話を入れる

打ち寄せる波が砂浜に一つ、「飛車」の駒を置いていって、ついに王手になった

赤ん坊

私の赤ん坊をじっくり調べた職人が、「この子の体は楽器の材料にはならない」という結論を出し、思わず夫と顔を見合わせる

五円玉

ぼくの頭に生えてきた賽銭箱の中に、母が入れた五円玉が、ぼくがうつむくたび、カラリと鳴る

匂い

鶏の裁判を行っている裁判所の中に立ち込める、証拠の親子丼の匂い

バイバイ

母の口へ運ばれていく苺に向かって、娘がバイバイと手を振っている

鋏の王

鋏の王は、恋人の写真を切り刻んだ後は何も切らず、桐の箱に引きこもって、ゆっくりと錆びていった

パチン

時計人間である夫の、伸びてきた長針を、爪切りでパチン、と切ってやる瞬間が、好きだ

お見合い

今日お見合いした相手の男性は、かっこいいし、誠実そうだし、肩から生えた猫もおとなしいし、とても気に入った

満員電車の中、前に立ったおじさんの胸に蝶がとまっているので、思わず笑ってしまった時、よく見ると、周りにいる全てのおじさんの胸に蝶がとまっていることに気づく

台風

一冊の本を中心に発生したその台風は、ゆっくりと図書館に近づいていった

ささやき

うちの飼い猫は爪も牙も使わず、ただ鼠の耳元で何かささやいて、鼠に首を吊らせて殺す

長電話

口の周りが血まみれのライオンが、夜の電話ボックスのガラス壁にもたれて、どこかに長電話している

ドブ

世界中のドブをさらって、ぼくのお嫁さんにふさわしい汚物を探している

動画

公園のベンチに座ってスマホで手のケアに関する動画を観ていたら、空からぼろぼろの人差し指が落ちてきて、低評価ボタンを押した

客引き

「今日はすごい子がいますよ」と、火葬場の客引きが俺に声をかけてくるが、あいにく今はそんな気分じゃない

あの日の手の感触を頼りに、その折り鶴は、千キロの距離を、彼女の元へ飛んできた

積み荷

貨物船が座礁し、積み荷の無数のへその緒が、海面を埋め尽くす

病院から帰ってきた死神がずっと手を洗っている

これが

これが父さん、これが女、これが妹、これが兄さん

トショカン

トショカンと呼ばれる遺跡に入っていった人々が、次々と頭の破裂した死体となって戻ってくる

神童

彼は生後一万歳の時に一篇の抒情詩を書き上げ、神童と呼ばれた