超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

ドミノ

 喫茶店の隅の席で、若い母親がベビーカーに向かっていないいないばあをしている。
 母親が「ばあ」と手を広げるたびに、ベビーカーの中から笑い声が聞こえてくる。
 微笑ましい光景だが、ベビーカーの中から笑い声が聞こえてくるたびに、喫茶店のすぐ傍の交差点から急ブレーキの音が響いてくることには気づいているのだろうか。

 まぁ、気づいているんだろうな。

帰宅

 庭で死んでいた黒い鳥の、大きく開けられたくちばしの中を何気なく覗くと、粘ついた暗がりの中に人間の目があって、こちらをじっと見つめていた。
 目は何かを訴えるように二度三度まばたきをして、涙をぽろりとこぼした。

 ああ、これは妹の目だ。
 去年、飛行機事故で亡くなった妹の目だ。
 間違いない、そうだ、妹の目だ。
 現場からただ一人遺体が見つからなかった妹の目だ。
 私がそのことに気づいたその瞬間、くちばしの奥の目が笑ったように見えた。

 やがて頭上から妙な音が聞こえてきた。見上げると、無数の黒い鳥の死骸が塊になって、まっすぐ私に向かって落ちてくるところだった。

リッチマン

 屋上に行くと隅の方に無人販売所があって、薬のカプセルみたいな物が並べられていた。
 看板の説明によると、これを飲むと血の色を好きに変えられるらしい。
 100円置いて緑色のを買って、水を持ってこなかったことをちょっと後悔しつつ飲み込み、フェンスを越えて屋上から飛び降りた。

 ……。

 ちょっと地味だった。
 次は銀にしよう。