超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

種と扇風機

 夏の暑さも和らいできたので扇風機を片付けようとすると、畳の上に小さな黒い種が落ちた。
 スイカを食べた時に何かの拍子でくっついたのだろう。
 種を拾い、庭に投げ捨てて扇風機を物置にしまった。

 翌年のある春の日のことだった。
 ふと庭を見ると、去年何気なく種を捨てた場所から、ちっちゃな扇風機が生えていた。
 物置に元の扇風機を見に行くと、枯れた色の羽根を床に落とし、本体はすっかり萎みきっていた。
 こうなると知っていればもっと日当たりの良い場所に埋めたのに。
 とりあえず今年の夏に間に合うように頑張って育ててみることにした。
 ショートしそうで水はまだあげられていないけど。

恐竜の恋人

 毎夜見ていた夢の中で、私には恐竜の恋人がいた。
 ある夜、まだ夢を見る前に彼が私の部屋を訪ねてきて、一番大きな牙を手渡してきた。
 覚えたばかりの恐竜の言葉で「どうしたの?」と訊くと、彼はたどたどしい日本語で「もうお別れだから」と答えた。
 その日、ベッドの中で彼と抱き合って見た夢の世界は、隕石でめちゃめちゃに壊されていた。
 翌朝、いつものように一人で目覚め、昨日もらった牙を歯ブラシの隣に立てかけて、少し泣いてからいつものように会社に向かった。
 いつもの満員電車に揺られながら、とうとう最後まで言えなかった「食べていいよ」という言葉を頭の中で何度も繰り返していた。

カボチャ

 ゆでた掌をザルに上げた瞬間、風呂上がりを連想してビールを飲みたくなった。
 何でだろう。お酒なんて一滴も飲めないのに。
 一度だけ飲んだことはあるんだけど、気持ち悪くなるばかりでちっとも酔えなかったから、それ以来お酒は飲んでいない。
 もちろんビールも。
 でも、テレビとかで観る風呂上がりのビールってやつは美味しそうな感じがする。
 あれは飲んでみたい。どんな味がするんだろう。私の舌でも美味しいのかな。
 ……この人はお酒とか飲めたのかな。
 ほかほかと湯気をたてる掌を菜箸でつつきながら思う。
 私がもしお酒飲めて、楽しい気分になって、嫌なことを忘れられる人間だったら、こんなことにはならなかったのかな。
 関係ないか。わかんないな。ああ、わかんなくなってきた。
 カボチャ潰そう。