超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

旅びと

 私がまだ小学生だったある日、夕暮れの海岸通りで、口の中いっぱいに切符を詰め込んだおじさんとすれ違ったことがあった。
 怖くて動けない私をよそに、おじさんは妙に膨らんだお腹を大事そうに抱えながら、砂浜を横切ってそのまま海中へと歩いていき、そして二度と浮かんでこなかった。
 何十年も前の出来事を今ふいに思い出したのは、さっきから私一人しかいないはずのこの部屋に、たくさんの何かの気配が満ちているせいだろう。