超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

雨と唇

 少女を描いた絵がある。どこにいるのか、真っ黒な布の前で澄ましてポーズを取っている。

 美しい髪や紅色の頬を褒めると、次の日少女は微笑んでいる。

 生意気そうな唇や左右で大きさの違う瞳をからかうと、次の日少女は私を睨んでいる。

 少女と話すとき、部屋は馬鹿にひっそりとしていて、心地よかった。少女と私の顔は少しずつ、似てきているような気がしていた。

 やがて私は大人になり、家を出て少女と離れ、地方都市のマンションに3ヶ月住み、4ヶ月目に屋上から飛び降りて、ところがそれで死に損なった。

 少女の前に帰ったとき、あまりに変わった私を見て、少女はその場で涙を流した。

 私は消しゴムを買い、少女の涙を消そうとしたのだが、涙といっしょに、少女の美しい顔も消えていってしまった。

 どうしていいかわからずに、自分で絵の具を溶いて、少女の頬を描き直したのだが、どういうわけかその日から長い雨が降り、絵の具はいつまでも乾かなかった。

 少女の涙を消したり、少女の顔を描き直している間に、父も母もこの世を去った。

 ある晩消しゴムも絵の具も投げ出して、少女の髪を褒めると、次の日少女は泣きながら微笑んでいた。真新しい涙の筋が、生意気そうな唇の端を滲ませていた。