超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

影と歪み

 駅前の大通りを、犬を連れて歩いているとき、遠くの方で女の手が私に向かって手招きしているのが見えた。
 不思議に思い近づいていくのだが、女の手はどんどん先に行ってしまう。手招きするくらいなら待っていてくれてもよさそうなものだと思った。
 ふと気づくと私と犬は、ものすごい人ごみに巻き込まれていて、女の手を見失わないようにするのがやっとだった。周りにいる人間は、みな私たちに向かって歩いてきた。話し声も聞こえず、ただ黙々と足音が地面を揺らしている。そのうち、人ごみの中に少しずつ影の色がおかしな人間が増えてきて、私をじっと見ているような気がして、気味が悪くなってきた。
 すると連れていた犬が影の色のおかしな人間を、次々と頭から食べてくれたので助かった。僅かだが人ごみに隙間が生まれ、そこから覗いて女の手を追うことができた。影の色がおかしな連中が増えていくにつれ、地面や景色が、縦に向かって歪んでいくように見えた。
 しかし大通りを過ぎて市役所の前に差しかかったところで、犬が満腹になってしまったらしく、その場にうずくまって動かなくなってしまった。犬を置いて女の手を追いかけようとも思ったが、女の手がひらひらしている先の辺りは、もうまともな色の影の人間が一人もいなくなっていて、犬を連れていなければどうしようもないのがわかった。
 仕方なく立ち止まり、女の手が人ごみの中に消えていくのを眺めていた。犬は鼻ちょうちんを出して寝ていた。人ごみは波が引くように消えていき、景色の歪みも元に戻った。