トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。

帰郷

 今朝、軒下にある蜘蛛の巣に、図鑑でしか見たことのないような美しい、大きな蝶が引っかかっていた。
 こんな蝶が近所にいるのかと不思議に思いながら家を出ると、いかにもよそゆきといった洋服に身を包み、たくさんの標本箱を抱えた巨大な蜘蛛が、お隣の家にそっと入っていくところに出くわした。

広告を非表示にする

宝くじ

 隣の家の娘さんの話を要約すると、毎朝アパートの壁越しに聞こえてくる物音の正体は、隣の家族が新聞のお悔やみ欄を回し読みしながら発する舌打ちの音らしい。

広告を非表示にする

ベビーパウダー

 赤ん坊の耳掃除をしていたら小さなネジが出てきた。
 慌てて病院に駆け込むと、先生も看護婦さんもとても丁寧に対応してくれて、ネジはすぐに元通りになった。
 夜、仕事から帰ってきた夫に、「産んだばかりなのに壊したかと思った」と言ったら、「産んではいないだろ」と言われ、その後しばらくギクシャクした。

広告を非表示にする

弔う象

 夜の動物園の闇の向こうに、袈裟を着たゾウが消えていく。今夜、何かが死んだのだ。
 しばしの静寂の後、遠くから暗闇を押しのけるように、地響きにも似た読経と、荒々しい木魚の音が響いてくる。
 サルはそっと耳を塞ぎ、ライオンは夢の中で狩りを続ける。目が覚めてしまった若いフラミンゴたちは、噂話に花を咲かせる。

 袈裟の下のあの丸い腹は、大きな木魚になっているらしい。
 それじゃ、あいつは自分の腹を叩いて経を唱えてるのか。
 タヌキだな、まるで。

 乾いた笑いが水面を揺らす。

 見に行くか?

 一瞬の沈黙の後、誰かがぽつりと答える。

 いや、いいよ。
 何かが死んだ。
 それだけわかれば充分だ。

広告を非表示にする

相槌

 うんうん。
 そうなの。
 あらあら。
 なるほどねえ。

 私の胸に聴診器を当てたまま、医者が何かに相槌を打ちはじめた。

 これからどうするの。
 そうだよねえ。
 いや、君は悪くないよ。

 はい。
 さよなら。

広告を非表示にする