トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。

霧雨

 近所のコンビニの傘立てにずーっと置きっぱなしにされていた青と赤の二本の傘、の間に、今日、ちっちゃな傘が横たわっていた、子傘が生まれてしまったらしい、買い物ついでに、レジ打ちをしていた店長に話を聞くと、「いやあ、もう、しょうがないからうちで育てますよ、忘れられた傘に罪はないですしねえ」といつになく饒舌に、どこか嬉しそうに語っていた、店長の計画では、霧雨から徐々に慣らしていって、いつか立派な大人の傘にするつもりらしい、霧雨から慣らしていくというのは確かにいいアイディアだなという気がした、あ、それあっためなくていいよ。

 死んだ娘の夢を見た朝はいつも、目から頬へ、涙の筋が、四本、残っている、娘も、泣いてくれているのだ、私とともに、私の夢の中で、私の中で、それが、心を、とてもあたたかく、そして、さびしくさせる、顔を洗う、歯を磨く、線香をあげ、ふいに、また、涙が、今度は、目から頬へ、二本、だけ。

洋梨

 今夜の満月はなんだかプルプルしていておいしそうだ、と思った矢先、大きなスプーンが現れて、満月の端っこをちょっとすくって消えていった、ああ、そういえば、今夜から月の満ち欠けのやり方が変わります、ってテレビのニュースでやってたっけ、スプーンですくった満月、誰が食べるんだっけな、味は洋梨に近い、って言ってたのは覚えてるんだけどな。

目医者の奥さん

 目医者の奥さん、自転車のカゴに、畑で採れた目玉をたくさん詰めて、爽やかに走っていく、こんにちはあ、と声をかけると、目医者の奥さん、わざわざ自転車をとめて、いい天気ですねえ、と満面の笑みで、その笑みにどこかいつもと違うものを感じたので、何かいいことでもありましたか、と訊いてみると、ええ、実はその、妊娠がわかりまして、と目医者の奥さん、照れくさそうに答えた、その瞬間、自転車のカゴの中の目玉たち、一斉にグルリと向きを変え、目医者の奥さんをギョロリと睨んだ、中には血走っているものもある、のを見てしまった、ので、口では、まあああそれはそれはおめでとうございますううう、と言いつつも、頭の中では、そうそうそうそうそういえば目玉の畑には一体誰が埋められていたんだっけ確か奥さんの……、とわくわくしながら記憶を掘り起こしていた。

 ある日の真夜中、「細部まで精巧に再現しました」と博物館が胸を張る城下町のジオラマの周りを、殿様の幽霊がぐるぐる歩き回っているのを見た、唇をとがらせて、城の窓の数を数えていた、ああ、いいなあ、これぞ監視カメラ冥利に尽きる光景だ。