トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。

新世界より

 靴を揃え、遺書を置き、未練を捨て、マンションの屋上から身を投げた瞬間、なぜか体がふわりと浮かび上がった。
 叩きつけられる予定だったコンクリートが視界の先遥か遠くで、波間に漂う板のように頼りなく揺れている。
 わけもわからず呆然としていると、ふいに背後に気配を感じた。
 身体を無理矢理ねじって屋上の方を振り返ると、夕暮れの空に宇宙服を着た男たちが浮かんでいて、俺の書いた遺書を興味深そうに読んでいた。

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ファミリーレストラン

 向かいの家の家族は、雨が降ると一家揃って傘もささずに外出し、雨が止む頃、ぶよぶよに肥って帰ってくる。

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ハートのクイーン

 ハートのクイーンを握りしめたままの腕を楽屋で自ら切り落とし、老手品師は行方をくらませてしまった。
 彼がいなくなった理由は誰にもわからなかったが、彼のパートナーであった鳩たちは、今日も健気にシルクハットの中にうずくまり、来ることのない出番を待ち続けている。

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 今日もまた、名前を呼ばれた愛犬が、壁の中にいる誰かに確認をとってから、私のもとに駆け寄ってくる。

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蝶が泣く

 じょうろに水を溜めて庭に出ると、一匹の蝶が、プランターに植えてある花の上に突っ伏して泣いていた。
 うずまき状の口からは細い嗚咽が漏れ、涙は茎を伝って土に染み込んでいる。
 何だかその姿が、酔っ払った時の妹に似ていると思った。
 今朝は朝から暑いから早めに水やりをしようと思っていたが、蝶の邪魔をするのも悪い。
 先に買い物に行って、ついでに妹の墓参りに行ってこよう。

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