トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。

アルミホイル

 このところ、夜空を見上げても月が三日月のまま形を変えない。不思議に思っていると、ある晩、三日月がアルミホイルに包まれた状態で姿を現した。テレビでは天気予報が、ここ数日にかけて猛烈な熱帯夜になると言っていた。そのためのアルミホイルか。どうかふっくら満月になってくれ。

聖剣

 眠っている間に脳味噌を寝違えたらしく、右目にだけ夢の続きが映り続けている。ドラゴンを連れた若奥さん、翼の生えた電信柱、蔦の絡まった通勤快速。そんな調子で会社に着くと、部長の禿げ頭に、聖なる剣が突き刺さっていた。しかも私が近づくたびに、柄の部分がほんのり光る。うわー。抜きてぇー。

たこ焼き

 朝起きたらまつ毛が重たい。視界一杯になにかがぼんやり映っている。鏡を覗くと、まつ毛に小さな輪投げの輪がいくつも引っかかっていた。そういえば、かすかにソースと花火のにおいが漂っている。ゆうべは、お祭りだったらしい、小さい人たちの。それで合点がいった。ゆうべ見た楽しい夢は、お祭りのせいだったのか。毎年この時期になると小さい人たちのお祭りがあるというのに、毎年決まって忘れてしまう。忘れてしまうのは、小さい人たちが小さすぎるせいか、それとも私が大きすぎるせいか、それはわからない。そういえば、この家で小さい人たちと暮らすようになってから何年になるだろう。今日は小さい人たちのまねをして、おやつにたこ焼きを食べよう。

バグ

 胸にいつの間にか切り傷ができていて、痛くもなければ血も出ない。念のため絆創膏を貼り、しばらくしてから何気なく剥がしてみたら、切り傷はコイン投入口になっていた。試しに百円入れてみると、素晴らしく美しい口笛がひとりでに喉の奥から溢れてきて、たまたま遊びに来ていた姪っ子にとても驚き喜ばれた。それからしばらくは百円入れては口笛を吹き、百円入れては口笛を吹き、の賑やかで美しい旋律に彩られた毎日を過ごしていたのだが、傷の治癒とともにコイン投入口はだんだん小さくふさがっていき、そのうち百円どころか一円玉すら入らなくなり、やがてかさぶたになって跡形もなく消えてしまった。あの美しい口笛が懐かしい、もう一度吹きたい、吹いてみたい、とあの日以来時々思うことがあるが、そのために自ら胸を傷つける実験をするほどの度胸もない。きっとあれは人生の中に現れたちょっとしたバグだったのだと思う。ちなみに姪っ子は私の口笛に感銘を受けて、中学校入学と同時に吹奏楽部に入ったそうだ。何だか申し訳ない。

赤信号

 ここの赤信号はすごく長い。特に晴れの日。青空に少し雲のある日。ここの赤信号の中には瞳があって、それが流れる雲をいちいち眺めているから、すごく長くなるのだ。しびれを切らしたかのように青信号が灯り、赤信号はあわててまぶたを閉じる。ドライバーたちは苦笑いで、その下を通り過ぎる。雨の日は雨の日で、停車した車のワイパーが動くのがおもしろいらしく、赤信号はずっとそれを目で追っている。やがてしびれを切らしたかのように青信号が灯り、赤信号はあわててまぶたを閉じる。やはりドライバーたちは苦笑いで、その下を通り過ぎる。ここの赤信号はしょっちゅうそんなことを繰り返している。くもりの日、赤信号はつまらなそうだ。雲もない、ワイパーもない、時折目の前を通り過ぎる鳥たちを目で追うが、彼らはあまりにも速くどこかへ飛び去ってしまう。だから、くもりの日、ここの赤信号は短い。何だかぼんやりしていて、瞳にも輝きがない。ドライバーたちはつまらなそうな顔で、その下を通り過ぎる。赤信号が短いのは、便利なことであるはずなのに。