トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。

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 夕方、部屋でくつろいでいると、家のチャイムが鳴った。出てみると、マンションの隣の部屋に住んでいるおばさんだった。
「何でしょう?」
「すいません、ちょっと静かにしてもらえますか?」
「あ、ごめんなさい……テレビ、うるさかったですか?」
「いえ、テレビじゃなくて、お子さんの声がね」
「お子さん?」
「子どものことだからある程度は仕方ないと思ってきましたけど、最近急に騒がしくなってきたでしょう?周りの部屋のことも考えてくださいね」
 前に挨拶に行った時にはとても温厚なおばさんだったのに、その時からは想像もできないほど怖い顔をしている。しかし、それよりももっと気になることがあった。
「あの、私、一人暮らしですけど……」
「え?」
 おばさんは困惑した表情になり、「でも、確かに、こっちの部屋から……」と続けた。
「上とか、下の部屋ですかね?」
「……で、でも、すぐ近くで聞こえるんですよ……?」
 そう言って怪訝そうにマンションの廊下を見上げたおばさんの横顔を見た瞬間、何か違和感を覚えた。
「……あの、すいません」
「はい?」
「耳、ちょっと、見せてくれませんか」
「……耳?……はあ、どうぞ」
 おばさんの耳をよく見ると、耳の穴が何か栓のようなもので塞がれており、さらにこめかみの辺りには、おばさんのものではない名前の表札が取り付けられていた。
「耳がどうかしましたか?」
「あの、これって……」
 そう言いかけた私の鼻先を、おばさんの耳から漂ってくるカレーの匂いがくすぐった。

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あなたに逢えて

 厄介な女とやっと縁を切った。
 翌朝、いつものように仕事へ出かけようと車で走り出した瞬間、助手席の方から異音が聞こえた。
 車を降りて車体を確かめると、左の前輪にウェディングドレスが絡まっていた。

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エッグ

 明け方頃、壁に張り付いていた繭の内の一つが割れた。
 中から現れた湿った小指は、ぽとりと小さな音を立てて床に落ちた。
 右手の小指だ。
 慎重に拾い上げてケースに納める。
 これでやっと両方の掌が揃った。
 しかしまだまだ先は長い。
 分娩室いっぱいに張り付いた大量の繭を前に、僕は「妻」の細い腰をぎゅっと抱き寄せた。

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レイン、レイン

 いつまでもやまない雨にため息をつきつつふと窓の外を見ると、マシンガンを構えたカエルの群れが、向かいの家の軒下に吊されたてるてる坊主を蜂の巣にしていた。

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その後

 眠れなかったので羊を数えてみた。
 半信半疑だったのだが思った以上に効果てき面で、よく眠れたのはよかったのだが、柵を飛び越えた後の羊たちをどこへ向かわせるのかということまでは考えが及ばなかった。
 翌朝、目を覚ますと、家の周りが何だか騒がしいことに気づいた。
 カーテンを開けて外の様子を窺ってみると、アパートの前に救急車が停まっており、隣の部屋に住んでいる中年の男が救急隊員に羽交い締めにされながら、何かを大声で喚いている。
 おとなしそうな人だったのに何が……と驚きながらそっと耳を澄ましてみると、隣人は「頭の中で羊の群れが暴れている」というようなことを叫んでいた。
 彼が無理矢理押し込まれた救急車が走り去っていくのを見送りながら、今夜もまた俺は眠れないのだろうと思った。

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