トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。

根(改稿)

 四歳か五歳くらいのとき、ある日とつぜん、頭の中に、家族の寿命が見えたことがある。忘れちゃいけないと思い、画用紙にクレヨンで家族の名前と享年をメモして、自分のおもちゃ箱の中にしまっておいた。しかしちょっと目を離した隙に、当時やっとハイハイが出来るようになった妹が、いつの間にかその紙を持ち出し、食べようとしていた。いつもなら兄としてすぐに吐き出させるのだが、そのときはなぜか止められず、ただぼーっと眺めていた。結局妹は口の周りをクレヨンだらけにしたあと、首をかしげて、よだれまみれの画用紙を丸めてぽいっと捨ててどこかに行ってしまった。私は一人でその紙を細かくちぎり、トイレに流してすべて忘れることにした。
 今こうして思い出してみると、なぜあの日あのとき、家に幼い妹と私しかいなかったのだろうか、妹はどうやって音もなくおもちゃ箱を開けて紙を取り出したのだろうか、そもそもあそこは本当に私の家だったのだろうか、部屋の細部が他の記憶と違っている気がする、あ、あ、それから、紙に書いた家族の名前の中に、一人だけ知らない名前があって、そいつだけがやたら長生きだったことも、今思い出した。

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冬子(改稿)

 近所に住んでいた幼馴染の女の子は生まれた時から難しい病気で、それは足の方から肉が少しずつ剥がれ、その一枚一枚が蝶になって飛んでいってしまうというものだった。はじめのうちは二人とも、青白い顔の彼女の親や医者を横目に、その幻想的な光景を面白がっていたが、ある日私はそのことで父に叱られ、それから彼女を特別なものとして見てしまうようになった。
 小学校に上がると私には友達が増え、彼女と遊ぶ回数は減っていった。彼女の家は通学路の途中にあったから、寄ろうと思えばいつでも寄れたのだが、大人たちは彼女をとてもとても慎重に扱っていたので、彼女の家にいる間じゅう私はその監視の下に置かれ、とても窮屈な思いをさせられたので、新しくできた友達に彼女を紹介したりすることも何だかためらわれた。そのころには彼女は腰の辺りまで肉が剥がれてしまっていて、家の前を通ると時々、彼女の部屋の小さな窓から蝶がひらひらと飛び出してくるのを見て、私は何となくもやもやした気分になった。
 それでも彼女は唯一の友人である私に、しょっちゅう電話をよこしたが、学校にも行けず、一日じゅうテレビばかり観ていたので、彼女の話す内容はどうしても子供っぽくて、私は彼女と話すのが退屈で仕方なかった。中学校三年のある日、受験勉強をしていた私のところへ彼女から電話がかかってきて、当たり障りのない世間話のあと、ふいに彼女が「そういえば最近化粧の勉強をしている」と言ったので、もっと他に学ぶことがあるだろうと言うと、彼女は大笑いした。本当は、誰にも見せるあてがないのにそんなことしてどうするんだ、と思ったが、黙っていた。
 高校に上がる頃には通学路が変わり、彼女の家の前も通らなくなっていて、電話のやりとりもいつの間にかなくなった。時折人づてに聞く話では、彼女は私にずっと会いたがっているらしく、そういうことを耳にするたびに私は、色々なことを理由に彼女を避けている自分に負い目を感じたりもした。もはや彼女の体がどれほど病に侵されているかを知る勇気もないまま、年を経るごとに私には友達が増えて、ふとした拍子に恋人まで出来、そして彼らはみな楽しくて気の良い連中だったが、しかしもやもやした気分はいつも心の隅にこびりついて離れなかった。

 ある冬の晩、自分の部屋で音楽を聴いていると、窓の外をちらちらと光るものが飛んでいるのが見えた。よく見るとそれは一匹の蝶だった。彼女に違いないと直感した。慌てて窓を開けると、蝶はまっすぐ私の胸に飛び込んできて、何か言いたげに瞳をきょろきょろ動かしたあと、あっけなく息絶えた。その白い双羽には、子供っぽい、ピンク色の口紅の跡がついていた。

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特典(改稿)

 仕事が忙しくて、火葬場から来ていたハガキに気づかなかった。ハガキには「ご当選おめでとうございます」の言葉とともに、QRコードが印刷されていた。
 私は画面がひびわれたままの携帯電話でQRコードを読み取った。すぐに画面が切り替わり、

 焼却中・・・

 という文字が現れた。"・・・"の部分が跳ねるように動いていた。
 そのすぐ下で、火葬場のマスコットと思われる二頭身の美少女キャラクターが座布団に座ってお茶を飲んでいた。こめかみの辺りから出ている吹き出しの中で、ポップなフォントの

 あと5分!

 の文字が膨らんだり萎んだりを繰り返している。

 

 なんだおい。
 これだけか。
 やっぱり火葬場を変えることにした。

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葉擦れ

 時計を見ると午前二時をとっくに回っていた。ベッドに入ったもののなかなか寝付けない。家の傍の公園から聞こえてくる木々の葉擦れの音が、妙に耳に障る。いつもなら気にならないはずなのに、なぜか今日は、葉っぱが風に揺られるその音が、まるで何か悲しい噂を囁き合っている人の声のように聞こえるのだ。心がざわざわしてまぶたが自然に開いてしまう。
 ベッドから起きて部屋のカーテンを開けると、外灯の心許ない光の中に、ぼんやりと公園のシルエットが見えた。一見したところ変わったところはない。ただ風もないようなのに、葉擦れの音だけが確かに聞こえてくるのが少し不気味であった。
 ともかく早いところ寝てしまおうとカーテンを閉じかけたその時、葉擦れの音がふいに止み、公園に人影が現れた。若い女だった。こんな時間に公園に一人、何の用事だろう。そっと眺めていると、女は辺りを見回し、それから一本の細い樹の前に立った。そして突然服を脱ぎ、妙に大きな乳房を露わにし、それを目の前の樹にぴったりと押しつけて、低い声でぶつぶつと独り言を言い始めた。私は驚いて小さく声を上げた。風もないのにざあっと葉が揺れる音がした。
 不審者だ。警察に連絡した方がよいのだろうか。私は部屋の隅に放っておいた携帯電話を取りに行った。するといきなり背後から、人が走り去る足音が聞こえてきた。慌ててもう一度窓から公園を覗くと、女はもういなくなっており、代わりにパトロール中らしき警官二人組が、公園を不審そうに見回していた。私は家を出て、警官に声をかけた。今そこに上半身裸の変な女がいたんです。何をしていましたか。警官にそう問われ、私はさっきまで女が乳房を押しつけていた樹の前まで行った。これです、この樹の前で、いきなり服を脱いで、その、胸をここに……。そう言った時、懐中電灯を持っていた警官があっと声を上げた。
 光の照らす方を振り返ると、樹の幹の、ちょうど女の乳房があった辺りにうろが開いていて、その中に、子どもの物と思われる幼い歯がぽつぽつと生えていた。泣くような葉擦れの音が、辺りに響きわたった。

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羽根

 近所の家の前を通りかかったところ、塀にトンボがとまっていて、家の方を見ながら首をぐるぐる動かしていた。すぐ傍の窓の向こうで誰かが指でも回しているのかと思い、つま先立ちになってちょっと中を覗くと、お札みたいなものがベタベタ貼られた部屋の中で、女の生首が笑いながら、観覧車みたいにぐるぐる回っていた。その視線はトンボをまっすぐに捉えていた。トンボの方はもう充分目を回している様子だが、しかし、果たしてどうやって捕まえる気だろう、と思った。顛末を見届けたかったが、バイトの時間が近づいていたので、仕方なくその場を後にした。
 帰りに同じ道を通ると、塀にトンボはいなかった。部屋の中では女の生首が、頬に涙の跡を残したまますうすう眠っていた。トンボに逃げられたのか、愛想を尽かされたのかはわからなかった。

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