超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

ですか?

「このまえひいたねこですか?」
 買い物に行った帰り道、すれ違った若い女に突然尋ねられた。
「このまえひいたねこですか?」
 再びそう言って、若い女は買い物袋を指さした。どうやら、私がさっき買った牛肉のことを言っているらしい。
「このまえひいたねこですか?それは?」
 女が一歩私に近づいてきた。その無機質な声と、私の背後にいる何かを見ているような視線に悲鳴を上げることさえできず、恥も外聞もなく、慌ててその場から走って逃げた。
 尾けられていないことを確かめ、家の玄関の鍵を閉めてその場にへたり込む。息を整えていたら、手元からかすかな腐臭が漂ってくることに気が付いた。そっと買い物袋を覗くと、数分前に買ったはずの牛肉に黒い斑点のようなものが無数に浮き出ていた。