超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2023-02-01から1ヶ月間の記事一覧

壁掛けカレンダーの母の命日の所に蝿がとまっていて、しっしと追い払ったら、カレンダーの奥のページに潜り込んだので、めくってみると、今度は父の命日の日の所にとまっていた

環状線

網棚に載った一本の首吊り縄が、環状線をもう何周もしている

微笑

微笑むこけしの口元に蜘蛛の脚が一本くっついている

森に義眼を置いておくと集まってくるその虫には、目にあたる器官がない

いつも下校途中の小学生に「ぼくのうちには猫が三匹いるからおいで」と話しかけてくるおじさんが、最近、「猫が二匹いるからおいで」と言うようになった

林檎

「あ、これ、だめだ」と、林檎を剥いていた母のつぶやく声が台所から聞こえてきたので、腐っていたのかな、と思いながら、腐った林檎を見たくなって、台所に行き母の手元を覗くと、剥かれた赤い皮の内側に、びっしりお経が書き込まれている

猫を飼いたい

息子が猫を飼いたいと言わなくなるまで、猫の写真を息子の目の前でシュレッダーに突っ込み続ける

路地裏

ふと迷い込んだ路地裏で、全ての家の換気扇から、髪の毛の焦げる臭いが漂ってくる

ベビーシッター

料金が一番高いベビーシッターを頼んだら、両方の乳房を切り落とされた女がやってきた

ごめんね

「ごめんね」という言葉を聞くと、母の酒臭い息のにおいを思い出す

グローブ

観客が誰もいないボクシング会場のリングの上で、グローブを外した二人のボクサーが、いっせーのせ、で毒薬を飲み干す

おにぎり

交通量の多い交差点の真ん中におにぎりが落ちているのを見つけて、子どもが公園のホームレスにそれを報せに駆けていく

寺の鐘が四つ鳴り響いた直後、犬はくぅーんと鳴き、私の手の中で砂になった

救急車

内部が全部鏡張りの救急車に担ぎ込まれて、その鏡の中で自分の姿がだんだん薄くなっていくのを、ニヤニヤ笑う救急隊員たちに囲まれながら、ただ見ている

処刑

処刑台に向かう男の後ろを、ベビーカーを押す女がぴったり尾いているのを、男以外の全員が見ていた

魚の時間

魚の時間が終わったおじいちゃんの口に刺さった釣り針をおばあちゃんが外している光景が好きだった

虫歯

丸々と肥った子が、泣きながら、虫歯だらけの口で、今日もまた性懲りもなく右手に生えてきた六本目の指を、食べ始める

義足

首を吊った男の右の義足に、仏像が彫られている

虫の図鑑

これからある男の子を誘拐しようと考えている男が、たまたま通りかかった本屋で、虫の図鑑に読みふけっている

腹の中に僧侶の庵があるので、暴飲暴食をすると、喉の奥から変なお香のにおいが上がってくる

増殖

母の遺骨が入っている骨壺は、放っておくと中で骨が増殖して溢れ出てしまうため、いつまで経っても墓に納められない

月の兎の背中から夜空へ飛び出した蚤たちが、次々と星に姿を変える

抱き合って死んでいた母と弟の死体の周りをうろうろ飛び回っている蝿に、父だった男の名前を付けて飼ってみる

寺から這い出てきた蛇が、飛行機雲を見上げて、ふっとため息をついた