超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

2014-01-01から1ヶ月間の記事一覧

旅と足跡

宇宙飛行士だった夫は、月に行ったとき、地球に向かって真っ直ぐ続く小さな足跡と、その横にそっと置かれた、見たこともない文字が綴られた一枚の便箋を見つけたそうだ。 夫は今でもその便箋を誰かの遺書だと考えているが、私はラブレターだったんじゃないか…

日々と裂け目

町で一番高い丘で、野良猫に餌をやっていると、刑務所の建物が見えた。 目をこらすと、隅の独房に少女が見える。少女は牢の蛍光灯の光に包まれて、ひねくれたダンスを踊っていた。囚人服の下に青白い肌がちらついて、乳首は尖って輝いていた。 次の日私は野…

瓶と太陽の欠片

婚姻届をもらいに役場に行くと、ロビーの売店で、私たちが滅ぼした国の太陽の欠片が、瓶に詰められて売られていた。 そういえば今日は朝から、ほくほく顔の兵隊が、街道をパレードしていたのを思い出し、記念に一つ買っていくことにした。 私たちが滅ぼした…

青空と空白

青空をさらって、身代金を要求したが、いつまで待っても誰も迎えに来ない。 はじめ気丈にふるまっていた青空も、三日が過ぎる頃には、うつむいて、鼻をすすり、眼差しは放心していた。肩を抱いて慰めてやりたかったが、肩がどこにあるのかわからない。 五日…

鉄と唇

線路の真ん中で寝ていると、彼女がやってきて、私に声をかける。 寝転んだまま、目を開けると、適度に雲をちりばめた、適度に青い空に縁取られた、彼女の顔が、私を覗きこんでいた。 彼女の瞳はひどくけだるく、小さな耳は、言葉に削られてささくれていた。 …

暖炉と酒瓶

どこか暗い、異国の食堂に私はいて、目の前に薄く切った林檎が、並べられている。これに毒が仕込まれていることは、ずいぶん前から知っている。 食堂の隅には暖炉があって、音もなく薪を灰にしていく。暖炉の灯りの前には、たくさんのテーブルが並んでいるが…

皮膚と風(let it be)

八階建てマンションの屋上に、象がいた。 飛び降り自殺を企てているのだろうと、町の人々は噂した。 その象の背中の上が、この町で一番高い場所だった。 幼い頃、僕と妹は象の背中にのぼり、遠くの山に、勝手な名前をつけて遊んでいた。 ある日前触れもなく…

掌編集・三

(一) 夜中トイレに起きると、家の廊下に男が背を向けて立っていた。 男はマグリットの絵の中に突っ立っている、山高帽の紳士にそっくりで、手には汚いトランクをぶら下げていた。 誰だ、だか誰ですか、だかと私が尋ねると、彼は私に背を向けたまま、ひやり…

掌編集・二

(一) (明るい和室に少女が一人、仏壇の前に座って、ライターで線香に火を点けている。) (仏壇には遺影も位牌もなく、かわりに小さな卵が一つ、ころんと無造作に置かれている。) (少女が仏壇におそるおそる線香を供える。細い煙がす、と立ち昇る。) …